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情報のデジタル化にコピーは付き物

2006/10/11

今回からしばらく飛岡内科院長・飛岡隆のオランダ紀行の写真をお楽しみいただこう。オランダいえばまず運河が思い浮ぶ。運河はオランダの物資輸送の半分を支えるインフラである一方、レジャーや観光資源でもある。

 私がコンピュータの勉強を始めたのは大学1年生(1973年)である。当時はまだ、パソコンは開発されておらず、メモリーにはコアメモリー(磁性体コアを電線で編み上げて作ったもの)が使われていた。1KB(バイト) が100万円の時代であり、学生実習用電算機には8KBのメモリーしかなかった。コンピュータ言語には、FORTRAN が使われており、BASIC 言語はまだ開発されていなかった。

 コンピュータは、第2次世界大戦中に開発が進んだ弾道計算用電算機エニアック(1946年2月15日:真空管作動)に始まり、ショックレー博士(William Braford Shockley)のトランジスタ発明(1948年)、ノイマン博士(John von Neumann)のプログラム電算機の発明を経て、大型電算機(メインフレーム)として市場に登場した。登場当時は何社かにより多様なメインフレームが開発されていたが、1960年代に入って、ニューヨークのロックフェラービルに本社を構える International Business Machines(IBM)社がその強大な財力(俗に「ユダヤ資本」とも言う)にものをいわせて、市場を独占して他社を排除した。こんな背景もあり、コンピュータの世界では反トラスト法の監視がきつい。日本の企業はといえば、当時はIBMのメインフレーム用互換ハード(コピー)を作って売っていた。

 もっとも、コンピュータやデジタルの世界において「コピー」が出現することは、その市場が成熟していることを意味している。もちろん、コピーの流通は、本家本元としては迷惑な話であり、著作権侵害以外の何物でもない。

 80年代初頭に登場した「Compact Disk(CD)」は、当初は膨大な記憶容量(650MB)を誇ったが、コピープロテクトという概念はなかった。初めてデジタルマスターで音楽CDを作成したスティービー・ワンダーは「デジタルで音楽を作るには、こんなにもお金がかかるのか!」と驚いていたという。現在では、CD品質のデジタル録音は普通のことであり、CDのコピーも52倍速のドライブで短時間に行える。一部ではコピーコントロールCDが使われており、このCDはアップル社製のマッキントッシュでは再生できない。しかし、これすらも丸ごとコピー可能であると聞く。そうしている間に、音楽の流通が大きく変化し、最近ではオンラインで音楽を買うようになった。このためCDショップが激減しつつあり、米国では、音楽ソフト販売大手のタワーレコードが倒産に追い込まれた。

著者プロフィール

飛岡宏(飛岡内科医院副院長)●ひおか ひろし氏。1980年川崎医大卒後、岡山大第2内科入局。岡山労災病院、新居浜十全病院、岡山市立市民病院を経て、90年9月より飛岡内科を継承開業、副院長として現在に至る。

連載の紹介

飛岡宏の「開業医身辺雑記」
「コンピューターと医療の世界を結び付ける」ことをライフワークとする飛岡氏。日々の診療を通じて感じる開業医の喜びや悩み、実感する現代医療の問題点などを、肩の凝らないエッセイ風につづります。

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