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産業医とブラジャーの悩ましい関係

2006/07/26

先日、飛岡内科の5階で育てている「月下美人」が3つ一緒に咲いた。この花が咲くと、夏が到来したことを実感する。なお、花の背景に写っているのは、岡山の飲み屋街のネオン。

 日本医師会認定産業医制度産業医制度)というものがある。各都道府県医師会が認定研修を行っており、私は1993年に産業医になった。この制度の目的には、こう記載されている。

 日本医師会は、産業医の資質向上と地域保健活動の一環である産業医活動の推進を図るために、所定のカリキュラムに基づく産業医学基礎研修50単位以上を修了した医師、または、それと同等以上の研修を修了したと認められる医師に日本医師会認定産業医の称号を付与し、認定証が交付します。また、この認定証は、5年ごとに、産業医学生涯研修20単位以上を修了した医師について更新ができます。

 この中で「それと同等以上の研修を修了したと認められる医師」とあるが、これは「産業医科大学を卒業した医師」を指している。また、産業医制度ができるときの経過措置として、既に産業医活動を行っている医師に対して産業医活動を継続することが認められており、これに該当する医師は全体の17%前後らしい。

 一方、労働安全衛生法(労案法)第13条には、こうある。

 常時50名以上の労働者を使用する事業所は産業医を選任(産業医と契約)する必要があり、有害業務(暑熱・寒冷・有害放射線等)では500名、通常業務では1,000名を超すと1名の産業医を専属で雇い、3,000名を超すと2名の産業医を専属で雇う。

 現実には、大半の事業所が50名以下であり、法律的には、この事業所に産業医は関与しないことになる。また、最近の事業所では正社員を減らしパートを使ったり、分社化して小規模事業所(50名未満)にするなど支店・営業所のランニングコストを下げる傾向が強くなっている。このため、労働統計では事業所の人数を30名で切り分けることが多くなってきた。

 厚生労働省(労働福祉事業団)と都道府県医師会が関与する「都道府県産業保健推進センター」(産保センター)は産業医を選任・雇用している(50名以上)事業所に関与し、労働福祉事業団が郡市区医師会に委託している「地域産業保健センター」(地産センター)が産業医を選任・雇用していない(50名未満)事業所に関与することになっている。

      実施主体    センター名
    労働福祉事業団 → 産保センター(50名以下)
  郡市区医師会に委託 → 地産センター(50名未満)

 地産センターでは定期的に「健康相談窓口」を開設したり、事業所を訪問したりする産業保健活動を行っている。

 過重労働となった場合、時間外労働(残業)が1カ月45時間~80時間だと、定期健康診断表をもとに就労の可否について産業医が助言指導する。1カ月100時間以上もしくは2~6カ月の平均が80時間以上の場合には、産業医が面談を行って就労の可否について助言指導する。

 事業所が岡山市内だけにあれば問題は少ないが、多数の従業員を抱えている事業所は広域に支店・営業所を持っており、岡山の本社まで過重労働のチェックを受けに来ることは難しい。そうした事業所は、郡市区医師会が開いている「地産センター・相談窓口」を利用させてもらうことになる。岡山市医師会の地産センターでも、この手の利用が増えていると聞いている。

 昔の日本にはたくさんの製造業があり、騒音・振動・放射線・化学的因子等の職場環境問題解決が産業医の仕事であった。しかし、最近の話題は「メンタルヘルス対策」「過重労働」へと移っている。そして、昨年は「アスベスト問題」(石綿を吸入すると中皮腫が起きる)が大きなニュースになった。

著者プロフィール

飛岡宏(飛岡内科医院副院長)●ひおか ひろし氏。1980年川崎医大卒後、岡山大第2内科入局。岡山労災病院、新居浜十全病院、岡山市立市民病院を経て、90年9月より飛岡内科を継承開業、副院長として現在に至る。

連載の紹介

飛岡宏の「開業医身辺雑記」
「コンピューターと医療の世界を結び付ける」ことをライフワークとする飛岡氏。日々の診療を通じて感じる開業医の喜びや悩み、実感する現代医療の問題点などを、肩の凝らないエッセイ風につづります。

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