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私はこうして自宅で産みました<後編>

2013/05/14
引地悠

 「満月か新月の時期には、お産が多い」と、聞いたことはありませんか?

 私が今回お世話になった助産師さんも、「確かな統計はとっていないけれど、満月か新月を迎える大潮の日、それも満潮の時刻に、お産が多い印象があります」とおっしゃっていました。

 私の場合、偶然か必然か、出産予定日からちょうど大潮に入り、翌日には新月を迎えるという暦でした。また、予定日は建国記念日を含む3連休にあたっていたため、「生まれたらすぐに飛んで行くから」と言ってくれた夫のことを配慮しても、大変ありがたい日程でした。

 そのため、妊娠9カ月を過ぎた頃から、私はおなかの赤ちゃんに、「予定日ぴったりに生まれてきてね」と、毎日語りかけていたのです。

 そして、順調に妊娠生活を送り、いよいよ迎えた出産予定日。わずかに下腹部の張りを感じましたが、前日までと大きな変化はなく、散歩や家事手伝いをして過ごし、長女と一緒に早めに床につきました。

 しばらく浅い夢をみていましたが、23時頃から、下腹部に月経痛のような痛みを感じ、「あ、陣痛が始まったな」と飛び起きました。

 暗闇の中、時計とにらめっこをすると、7、8分間隔。まだ軽度の痛みであったものの、時間も時間だったので、念のため助産師さんに電話し、陣痛が始まった旨を報告しました。そして、とりあえず動けるうちにやっておこうと、お産用の布団を隣に準備した上で、もう一度寝ました。

 その後、明け方の5時頃から、痛みが強くなってきました。ちょうど、長女が、もぞもぞと起き出してきたので、他の家族も起こし、助産師さんにも来てもらうことにしました。

 「お産部屋」となる自室を、石油ストーブで暖めたり、お湯をわかしたりするうちに、6時頃、助産師さんが到着しました。一度、内診してもらいましたが、「まだまだですね」と言われ、私にも余裕があったため、一緒に朝食を摂りました。7時頃には、サポート役のもう一人の助産師さんが到着し、一層にぎやかになりました。

 規則正しく、陣痛の波が押し寄せる度に、自然に四つん這いになり、「ふうー」と痛みを逃がす私。私の腰をさすりながら、「おいで、おいでー」と、おなかの赤ちゃんに語りかける助産師さん。別室にいながら、ちょくちょく、様子を見に来てくれる両親。もう一人の助産師さんと楽しく遊んでいる長女。まさに「アットホーム」な雰囲気で、私は安心感に包まれていました。

 8時頃まで、陣痛はゆっくりと進んでいたため、階段昇降や、スクワットの姿勢をとり、陣痛中もなるべく開脚した状態で、体を起こして過ごしていたところ、9時頃から、骨盤が開いていくのが実感できるほど、我慢できない痛みになってきました。

 その頃、ちょうど、夫から電話が入りましたが、それどころではありません。ガンガンと押し寄せてくる痛みに、体は燃えるように熱くなり、頭はクラクラ、呼吸を整えるだけでも必死でした。

 痛みが前方の恥骨から、後方の坐骨の方に移動してきたとき、「赤ちゃんが降りてくる」感覚があり、「う、生まれそうです」と思わず叫びました。その時点まで、まだ時間がかかるだろうと思われていたのですが、状況が一変したため、急遽、別室にいた母と長女を呼びに行ってもらいました。

著者プロフィール

引地 悠●ひきち はるか氏。2004年宮崎大卒後、洛和会音羽病院(京都市)にて初期研修2年、後期研修1年。07年4月中通総合病院(秋田市)総合内科で後期研修。09年1月に第1子を出産し、10年1月に復職。

連載の紹介

引地悠の「仕事と育児のベストバランスを求めて」
「結婚して子供を産んでも、臨床や研究の第一線から退きたくない」と考えていた引地氏。2009年1月に第1子を出産し、育児休業を1年間取得後、2010年1月に復職しました。新米ママ女医として盛りだくさんの日常をつづります。

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