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医師が起業したらスティーブ・ジョブズになれるか?

2013/04/08

 「裴さん、話したいことがあるのでちょっと来てくれない?」。ある日、医師のA氏からEメールが来た。A氏は30歳代で、ある交流会で一度名刺を交換したことはあったが、正直、顔もあいまいにしか覚えていなかった。勤め先の病院は東京から離れた場所にあったので、私のオフィスがある新橋から電車とバスを乗り継いで2時間かけて訪問した。13時の待ち合わせだったが、A氏は13時半に現れて「ちょっとランチでの話が盛り上がっちゃって、すいませんね」と頭をかきながら、私を会議室に案内した。

 A氏はひとしきり自分が考えたビジネスアイデアを披露した後、「でさ、起業してみようと思うんだけど、ちょっと噛んで(お金を出して)みない? もうかったら僕も病院を辞めて手伝うから、スタートアップのところだけやってよ」とおもむろに切り出した。

 よくよく聞くと、今の仕事に閉塞感があるのだという。「田舎でたくさんの患者を診ててさ、ちょっと嫌になってきたんだよね。裴さんほどじゃないけど、ビジネスのことはそこそこ知ってるから、もうかると思うんだよね。“社長”にもなれるし。僕は月に40万~50万円もらえればいいから、あとはそっちで報酬を取ってよ。その代わり、最初の出資金だけ協力してね」とA氏。ビジネスアイデアは非常に論理的できれいなモデルではあったが、特段新しいものではなかった。そこで私は「まず、当社はVC(ベンチャー・キャピタル)ではないので出資はできません。先生が起業するのであれば支援はしますが、正直あまりお勧めできません」と答えた。

医師の起業に最低限必要な8つの条件
 医師から、開業ではなく「起業をしたい」と相談を受けるケースは意外とある。日経メディカル オンラインにブログを連載するようになってからは、飛躍的に増えた。では医師が起業したら、アップル社のスティーブ・ジョブズのように成功できるだろうか? 単なる「起業に必要な条件」については、専門書も多いので先達に委ねるとしよう。ここでは、起業を目指している医師に対し、私が注意してチェックしている点を紹介する。

1)今の医師の仕事から逃避する形で起業を目指していないか?
2)ビジネスでは「正しいこと」「ロジカルなこと」が最も重要だと思い込んでいないか?
3)現在より肩書きが良くなり、偉くなれると錯覚していないか?
4)報酬は従量制(インセンティブ契約)ではなく、安定した収入が欲しいと思っていないか?
5)自分が出資することを避けていないか?
6)フットワークが悪くないか?
7)社会人としてのマナーが欠けていないか?
8)起業の目的を金もうけと考えていないか?

 1)の現実逃避のケースはよくあるが、起業してもうまくいかない。臨床から離れたいという理由だけで起業すると、結局は食べていけなくなり、実際、週3~4日の臨床のアルバイトで何とかしのいでいるという話は多い。設立した会社はペーパーカンパニーとなり、ほとんどの人は元の臨床医に戻ってしまう。

 2)のように、ビジネスの本質を誤解している医師も結構いる。ビジネスの世界では、正しいかどうか、ロジカルかどうかよりも、「相手が納得するかどうか」に意識を向けなければうまくいかない。お客様に納得してもらうためにロジカルであることは必要条件だが、決して十分条件ではないということだ。時には情に訴えたりするなどして、最終的にお金を払う人(お客様)が納得してくれないと、取引は成立しない。当たり前の話だが、意外と見落としている人は多い。

 3)はビジネスマンでも勘違いしている人が少なくない。確かに肩書きは「社長」になるが、中小零細企業の社長は驚くほど頭を下げることが多い。「先生」と呼ばれて幾分かもてはやされた医師時代と比べると、零細企業の社長がもてはやされることはぐっと少ない。

 4)の報酬については、起業して1年は無収入であることを覚悟した方がいい。恥ずかしい話だが、私がまともに「月給がもらえる」ようになったのは、ごく最近の話だ。

著者プロフィール

裴 英洙(ハイズ(株)代表取締役社長)●はい えいしゅ氏。1972年生まれ。金沢大学大学院医学研究科修了。外科医・病理医として勤務後、MBAを取得し2009年に起業。医業経営コンサルタントの仕事の傍ら、再建先で臨床医として医療現場に携わる。

連載の紹介

裴 英洙の「今のままでいいんですか?」
医療機関の経営問題を解決しないと、医師が意欲を持って働けない—。そんな危機感からMBAを取得し、コンサルティング会社を設立した異色キャリアの医師。これまでの経営支援の経験から、病医院で見過ごされがちな問題やエピソードを語ります。
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