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「白衣を脱いだ君に価値はない」

2012/03/06

 開業しただけで患者が来る―。そんな恵まれた病院・クリニックは現実にはほとんどないだろう。当たり前の話だ。にもかかわらず、いざ自分がクリニックを開業すると、「これで患者がバンバンやってくるはずだ」と勘違いすることが少なくない。

 知り合いの医師は、開業して半年間は患者がほとんど来なかった。最初は院長として意気込んでいたものの、次第に落ち込み始め、半年後には「もうダメかもしれない」とつぶやくまでに至った。私の周りを見ても、「開業後2~3カ月くらいは患者が来ないだろう」と思っている医師は多いが、さすがに半年も来ないことを想定している人はまれだ。ましてや、その間無収入という重圧がどのくらいショックなものかは、体験しないと理解できないかもしれない。

仕事がゼロの日々、昼食は「かき氷」
 私が副社長と2人で起業した時は、知名度も実績もゼロだったから、1年間収入がない場合を想定して運転資金を準備した。言い方を換えれば、1年間無収入だと倒産することだけは分かっていた。

 経費を節約するため、起業の地として選んだのは、東京の郊外だった。駅から徒歩15分かかる、ワンルーム7畳ほどのマンションが仕事場だ。パソコンやオフィス用品のほとんどは自分たちで持ち寄り、その他の事務用品、家電製品などは大学院時代の友人の「お古」を譲り受けた。私は自宅から持ってきた椅子に座ってデスクで作業していたが、副社長は座布団と低いテーブルを使っていた。毎日、「仕事の依頼が来ないかな?」と郵便受けを開けるのが楽しみだったが、実際に来たのは、不用品回収のチラシとダイレクトメールだけだった。

 これが超零細企業「メディファーム」の船出である。

 節約のために、昼食が「かき氷」だったこともある。ちょっとぜいたくしたいときは、駅前でラーメンを食べた後、商店街でたい焼きを買って帰る。仕事はなかったが、副社長と2人で夜遅くまで日本の医療経営に関して熱い議論を交わし、我々が進むべき方向性を議論するのが日課だった。可能な限り医療関係者とアポイントを取って現在抱えている問題点を聞き、企業経営者に経営課題について話し合いの場を求めた。図書館に行き、医療経営に関する調査・研究の資料を読みあさったり、白書をひも解いて医療経営・医療政策に関わる傾向値を探ったりなどした。振り返ると、貧しくはあったが毎日が充実していた。

医師は“駒”?
 「医師なんだから、そんなにみじめな思いをしなくても、いくらでも食べていけるだろうに」と言われたことは、一度ならずともある。確かに、週に3日くらいバイトをすれば、生活に困ることはなかっただろうが、中途半端な取り組みで会社を経営するつもりはなかった。少々カッコつけて言えば、「二度と白衣は着ない」という誓いを立てて起業した以上は、臨床に再び足を踏み入れるのは何か違う気がしたのだ。

 大学院の先輩である経営者からは「医師としての裴君に価値はあるが、白衣を脱いだ経営者としての裴君には価値がない」と言われた。「経営が楽しいうちは経営とは言えない。毎日が憂鬱で死にたくなる経験がないと経営者とは言えない」「医療経営コンサルティングは日銭を稼げるビジネスモデルではない。理想だけでメシは食えない」「病院は、医師に経営問題を解決してほしいと思っていない。医師は“駒”として働いてくれるだけでいい」と耳が痛いことを言われたこともある。

 先輩たちのありがたい(?)叱咤激励ではあるが、創業期はそれなりにショックだった。確かに、「医師でMBA」という私の肩書だけで仕事を依頼してくるクライアントは皆無だったし、目を見張るようなビジネスモデルではなかった。仕事はなくても毎日楽しくて仕方なかったが、自分たちに「価値があるのか?」と問われれば、頭を抱えるしかなかった。

著者プロフィール

裴 英洙(ハイズ(株)代表取締役社長)●はい えいしゅ氏。1972年生まれ。金沢大学大学院医学研究科修了。外科医・病理医として勤務後、MBAを取得し2009年に起業。医業経営コンサルタントの仕事の傍ら、再建先で臨床医として医療現場に携わる。

連載の紹介

裴 英洙の「今のままでいいんですか?」
医療機関の経営問題を解決しないと、医師が意欲を持って働けない—。そんな危機感からMBAを取得し、コンサルティング会社を設立した異色キャリアの医師。これまでの経営支援の経験から、病医院で見過ごされがちな問題やエピソードを語ります。
裴英洙氏による書き下ろし!
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(裴英洙著、日経ヘルスケア編、日経BP社、2400円税別)

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