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白衣が好きだから、あえて白衣を脱ぎました

2011/07/07

 高校生のころ、医師に憧れた。“腕一本でメシが食える”ことに加えて、ヒトの命を救う仕事がとてつもなくまぶしかった。そして私は外科医になった。

 だが現在は、コンサルティング会社の経営者でもある。いったんは医師になり夢をかなえた私が、なぜ株式会社の経営者になったのか―その理由を説明するには、2006年ごろにさかのぼらなければならない。

外科医から病理医へ
 金沢大学医学部を卒業後、北陸を中心に福井県や富山県で外科医として働いた。外科医としての仕事は過酷を極め、十数時間にわたって手術することも珍しくなかった。それでも、この仕事を辞めたいと思ったことはなかった。当直や呼び出し回数は多かったが、それでも直接的に命を救うことの達成感は計り知れなかった。高校生だったころに思い描いていた通りの人生を歩んでいた。

 だが、外科医としてのスキルを積めば積むほど、「病を根源的に見つめ直したい」との思いも強くなってきた。外科医として手術に携わっていると、開腹したが既に腫瘍の転移が進み手遅れの状態に出くわすことが多い。中には、開腹したがほとんどメスを入れずに再び閉じることもある。外科医が無力感を抱く瞬間だ。そんなとき「悪性腫瘍が進行する前に発見して対処できれば、よりたくさんの人を救える」と思ってしまう。

 しばらく外科医として働くうちにそんな思いが強くなり、あるとき外科医の先輩でかつての指導医から、病理の道を勧められた。病理医とは病理診断をする医師のことで、顕微鏡を使って細胞レベルで病変の良性・悪性の区別、組織型などを診断する専門家だ。ここ最近は組織や生検の病変診断や、手術時に実施する迅速病理診断が増えており、米国をはじめとした諸外国では、あらゆる治療方針を決める判断材料を提供することから「King of Doctor」と呼ばれることもある。

 私は迷ったが、医師になった以上「たくさんの人たちを救う」ことにこだわりたかった。そこで大学院で病理学講座の門をたたき、病理専門医を取得したのち、病理医としてキャリアを再スタートすることにした。

見過ごせなかった“病巣”
 病理医としてのスタートの場所は、近畿地方にある市中病院だ。病理医は、外科的な治療はもちろん、内科的治療においても最終診断を担うことも少なくない。私はまだ30歳代前半ではあったが、日ごろから診断に関して副院長や各臨床科の部長たちと打ち合わせることも多かった。臨床医としては駆け出しともいえる年齢だったが、病院経営に直接携わっている実力者たちとほぼ対等にディスカッションできることに、病理医としての誇りと充実感を持っていた。

著者プロフィール

裴 英洙(ハイズ(株)代表取締役社長)●はい えいしゅ氏。1972年生まれ。金沢大学大学院医学研究科修了。外科医・病理医として勤務後、MBAを取得し2009年に起業。医業経営コンサルタントの仕事の傍ら、再建先で臨床医として医療現場に携わる。

連載の紹介

裴 英洙の「今のままでいいんですか?」
医療機関の経営問題を解決しないと、医師が意欲を持って働けない—。そんな危機感からMBAを取得し、コンサルティング会社を設立した異色キャリアの医師。これまでの経営支援の経験から、病医院で見過ごされがちな問題やエピソードを語ります。
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