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救命困難な場合でも緩和のための医療に手がとどきますように

2021/05/17
尾藤誠司(東京医療センター)

 臨床において、「限られた医療資源をどう配分するか?」という問いは、長年、倫理的な考察の主題テーマの一つであります。しかしながら、つい去年くらいまではこの問題について正面から考察することはとてもまれなことでした。私が想像するに、この問いを立てること自体が不謹慎である、というような空気感が日本の医療界の中に存在したのだと思います。多くの救急医療にまつわる悩ましい問題や、人工透析の中断、あるいはDPC病院における入院継続の妥当性などの問題には、少なからず「限られた医療資源をどう配分するか?」という問いが立っています。ただ、この問いを立てることによって、「患者自身の最善の利益にかなうことが倫理的な医療である」という規範にノイズが入ってしまうのです。患者自身が求める最善の医療に十分に答えられない判断を、その状況において最も妥当な判断とせざるを得ないと考えることについて、私たち医療者は意識的に目を背けていたのかもしれません。

連載の紹介

尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」
医師のあり方を神に誓った「ヒポクラテスの誓い」。紀元前から今でも大切な規範として受け継がれていますが、現代日本の医療者にはそぐわない部分も多々あります。尾藤氏が、医師と患者の新しい関係、次代の医師像などについて提言します。

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