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「患者への説明」に時間を充てすぎてはいけない

2017/08/24
尾藤誠司(東京医療センター)

 先週号の日経メディカルの表紙に大きく”「説明したのに敗訴」のなぜ”と書かれていたのを皆さんもご覧になったと思います。医療に関する紛争が裁判にまでこじれてしまうケースというのはおそらく特殊なケースなので、「なぜ敗訴?」という問いと、「なぜ『聞いてない』ということになるの?」という問いは多少ずれているかもしれませんが、私はこの「なぜ?」の大きな原因の一つが「意思決定を行う上でのコミュニケーションにおいて、医師が患者への説明に時間を充てすぎていること」だと思っています。

 最近の若い医師は本当にしっかりしています。入院診療においては、患者さんの容態について、ご本人やご家族に頻繁かつ詳細な説明を怠りません。その熱意に対して、大きな謝意を表明していただける患者さんやそのご家族もたくさんいらっしゃいます。

 一方で、医療者側から見ると「こんなにしっかり詳細に説明しているのにどうしてわかってくれないんだろう?」と感じてしまうような事例をよく見かけます。そんな時、熱心な医師であればあるほど「患者・家族がわかってくれない」ことに対して「もっと詳細に説明する」ことで対処しようとしています。

 しかし、そのアプローチは多くの場合うまくいきません。その理由は大きく分けるなら2つです。1つは、説明の内容がズレていることであり、もう1つは、合意形成の面談の際には、医師から患者への説明以外に行うべきことがあって、それらがなされていない、ということです。

症例提示のプレゼンのような説明

 まず、「専門家が当事者に対して行う説明の内容」について考えてみたいと思います。専門的なサービスの内容というのは、その内容が何であれ理解することが困難なことが多いでしょう。特に「何が起こっているのか?」ということに対する専門家の解釈を理解するには相当高度な基礎知識を必要とします。一方、専門家は往々にして「何が起こっているか?」についての説明に主眼を置きがちです。この理由は難しくはありません。専門家の世界の中では、「何が起こっているのか?」についてのディスカッションが何よりも大切だからです。ですから、専門家同士の会話においては、「何が起こっているのか?」「問題を解決するための最善の方法は何か?」「不確実性にどのように対処していくべきか?」ということが一般論として語られるのです。ただ、それらの内容は、問題を持つ当事者自身に提供される情報としては必ずしも適切なものとは言えません。

 例えば、私はコンピューターそのものには全く興味がないのですが、仕事を続ける上ではコンピューターがないとやっていけません。そんな私のコンピューターの調子がおかしくなったとしましょう。おそらくその時私はコンピューターの専門家の誰かに「私のコンピューターの調子がおかしいので見ていただけませんか?」とお願いします。そして、専門家に見てもらったとき、私が専門家から聞きたい情報のひとつには「私のコンピューターに何が起きているのか?」があるのかもしれませんが、おそらくそれは一番ではありません。

 私が最も知りたいことは、「このコンピューターはまた元通りになるのか?」とか、「どうしたら元通りになるのか?」とか、「あなたは助けてくれるのか?」とか、「私は何をすればいいのか?」とか、「修理にどれくらいの時間や費用が掛かるのか?」とかいうことです。さらに、それらを知った上で知りたいことは、「リスタートかけて私のファイルは大丈夫なのか?」というような、新たに発生しうる不利益に関する情報です。

 若い医師の説明を横から聞いていて感じるのは、患者やその家族に対する説明の内容が、カンファレンスでプレゼンしている内容とそっくりだということです。これは専門用語が多いとかそういうことではなく、「医学的な詳細情報」と「患者・家族として知りたいこと、知るべきこと」が大きく異なるのだ、ということです。医師の説明において患者・家族から「聞いていない」といわれるのは、だいたいそのズレに基づくものです。専門家の立場で「伝えるべきだ」と思っていることと、患者・家族が「知りたいこと」との間のズレが解消されないまま延々と「医学的情報」のシャワーを浴び続けていると、あまりにわけのわからない、たぶん不要な情報量の多さに患者や家族の頭は混乱してきて、本当に知りたいことも頭に入っていかなくなります。

知ってほしいことと知りたいこと

連載の紹介

尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」
医師のあり方を神に誓った「ヒポクラテスの誓い」。紀元前から今でも大切な規範として受け継がれていますが、現代日本の医療者にはそぐわない部分も多々あります。尾藤氏が、医師と患者の新しい関係、次代の医師像などについて提言します。

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