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「やめられないから始めない」から抜け出そう

2015/01/21

 今回は、いわゆる「延命治療」と呼ばれるさまざまな医療介入の開始差し控え、そして、開始された治療の中断に関することを書いてみたいと思います。

 ここ数年、「終の信託」の映画化なども含め、いわゆるエンド・オブ・ライフ・ケアに関する意思決定のあり方に大きな変化が見られようとしています。昨年の11月には、日本救急医学会が、日本集中治療医学会、日本循環器学会と共同で、「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン ~3学会からの提言~」を公表しました。詳しくはこちらをご覧ください。

 この内容に私は全面的に賛成しているわけではありませんが、これが「継続されている治療の中断」という領域に踏み込んでいることは大変重要な意味を持っていると考えます。また、この提言は、急性期疾患を主に扱う医療者たちによって行われたものですが、より日常的に遭遇する悩ましい事例は、非癌の脆弱高齢者に対するケアの意思決定にあると思っています。今年度、厚生労働省は意思決定支援のための病院体制整備事業を始め、私もこの事業に少し関わらせていただきました。

 ここで今しっかりと議論すべきことは、現在の医療現場で前提のように医療職が考えている、「いったんその治療を始めたら中止することはできない。だから、治療を開始する時点でそれを差し控えるかどうかについて意思決定しなければならない」という認識についてです。私がここで主張したいのは、「やめられないから始めない」という前提はもう過去のものとしようということです。

「差し控えと中断」の何が違うのか?
  厚生労働省の「終末期ガイドライン」は、治療の開始差し控えに関する判断と、中断に関する判断を特別に分けることはしていません。おそらくこのガイドラインを作る際に意図的に行われたのだと私は考えています。そして、それは正解です。裏を返すのであれば、このガイドラインは「開始を差し控える時も、継続されている治療を中止するときも、考え方は同じです」といっているわけです。

 より正確な臨床判断を行うという視点で考えれば、治療開始の差し控えと継続されている医療の中断には一つ大きな違いがあります。それは、判断根拠の量と妥当性の違いです。

 患者が呼吸不全で緊急入院し、気管挿管して人工呼吸器の装着を判断する際、あるいは、脳梗塞で入院し意識が低下している患者に対して経腸栄養療法を開始する際、病院のスタッフは通常判断の根拠を十分に持ち合わせてはいません。例えば、医学的な回復の可能性についても、急性期において患者がどこまで回復する見込みがあるのかということはなかなか正確に査定することは困難です。

連載の紹介

尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」
医師のあり方を神に誓った「ヒポクラテスの誓い」。紀元前から今でも大切な規範として受け継がれていますが、現代日本の医療者にはそぐわない部分も多々あります。尾藤氏が、医師と患者の新しい関係、次代の医師像などについて提言します。

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