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「全人的な医師」はチーム医療の中ではうっとうしい

2014/11/13

 「全人的医療」という言葉をよく耳にします。医師の卒後研修などでも「全人的な医療を実践できる医師を育てる必要がある」という話をしばしば耳にします。全人的な医療が実践されることはすばらしいと思いますし、各医療者は患者に対して全人的な視点で対応することが義務だということに私も異論はありません。

 しかしながら、「医師は全人的医療を実践しなければならない」という言葉を聞くたびに言いようのない違和感を覚えるのです。果たして、医師は本当に全人的な存在であるべきなのか、と考えてしまうのです。

医療者の全人的態度とは
 さて、「全人的医療」とはいったいどのようなものなのでしょうか?ネットで調べてみると、「特定の部位や疾患に限定せず、患者の心理や社会的側面なども含めて幅広く考慮しながら、個々人に合った総合的な疾病予防や診断・治療を行う医療」(デジタル大辞林より)とあります。

 患者の心理や社会的側面などを考慮しない医療の提供は、適切な医療ではないと私も思います。我が国の医療職の問題点、特に医師が持つ態度の問題点の一つは、患者に医学的価値観のみに基づいた医療を強要することにあります。「血圧の薬を飲まないと大変なことになりますよ」と高齢者を脅してARBとカルシウム拮抗薬のセット処方を半ば強制的に行っているのが医師の日常です。

 まあ、それが医学的に妥当なものであればまだ目をつぶれなくもないのですが、85歳の2型糖尿病の患者さんに対して厳しすぎる生活指導を行いながら、SU剤とDPP4阻害薬を併用して低血糖を起こして救急車で運ばれちゃうなんていうのを見ていると、もういたたまれない気持ちになります。

 一方で、「病気を診ずに、人を看よ」というメッセージを熱く語るお医者さんが結構います。その人たちの言っていることについて私は概ね賛成できるのですが、同時にその人たちの熱い姿勢に少なからぬ違和感を感じることがしばしばあります。

 これが何の違和感なのかについて自分なりに整理してみるとおそらく2つです。一つは、「おいおい、その前にまず診断とか医者としての必要最低限のことやろうよ」というもの、そしてもう一つは、その医師がアピールする全人的な態度が非常に押し付けがましい割には患者の役に立っていない、という感覚です。

全人的な人間は人の話を聞いていない
 患者さんには「あの先生はとても優しい」と大変評判がいい一方で、看護師からの評判が悪い医師がたまにいます。その医師の振る舞いなどに対して看護師から文句を言われることがあるのですが、その医師の何が一体問題なのかと看護師に問い合わせてみると、かえってくる返答は決まって「あの先生は私たちの話を聞いていない」というものです。

連載の紹介

尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」
医師のあり方を神に誓った「ヒポクラテスの誓い」。紀元前から今でも大切な規範として受け継がれていますが、現代日本の医療者にはそぐわない部分も多々あります。尾藤氏が、医師と患者の新しい関係、次代の医師像などについて提言します。

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