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「共感的対応」ではなく「共感」を

2014/01/24

 最近は医師が持つべきスキルとして面接技術が明確に位置付けられています。医学部での卒前教育でも、OSCEで医療面接の技術について学生はみっちり学習するようです。このような傾向は大変喜ばしいものですね。

 一方、医療面接技術の中で「共感的対応」というものがあるのですが、私はあれがどうにも好きになれません。共感的対応を好きになれない理由がうまく言語化できなかったのですが、最近分かりかけてきました。

「共感のふり」としての共感的対応
 共感的対応とは、以下のようなことです。患者さんが診察室に入ってきて医師が面接を開始するとき、以下のようなやり取りが想定されます。

医師:「今日はいかがなさいましたか?」
患者:「頭が痛いんです。」
医師:「そうでしたか。それは大変でしたね」

 このやり取りの、「そうですか。それは大変でしたね」という部分がいわゆる共感的対応です。医学生はこのように患者に対応することを教育されるのですが、どうも私はしっくりこない。

 もし自分が患者だったら、「頭が痛いんです」と医師に投げかけた際、いきなり「それは大変でしたね」と言われたら、なんかバカにされた気分になると思うのです。この共感的対応のどこに問題があるのか? 一言でいうなら、「お前、共感しようとしてないだろ!」ということです。

 他人に共感することは簡単なことではありません。だからこそ、「共感的対応」、すなわち、「共感したふりをする」わけですが、この「共感したふりをする」ことの問題は、ふりをすることをフォーマットとして身に着けてしまうことで、そもそも共感しようという努力をやめてしまう恐れがあるということだと私は考えます。

連載の紹介

尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」
医師のあり方を神に誓った「ヒポクラテスの誓い」。紀元前から今でも大切な規範として受け継がれていますが、現代日本の医療者にはそぐわない部分も多々あります。尾藤氏が、医師と患者の新しい関係、次代の医師像などについて提言します。

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