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医者はなぜお互いを「先生」と呼ぶのか?

2012/07/12
尾藤誠司

 気づけばもうすぐ夏です。新たに医療専門職として働きだした方々も、徐々に仕事に慣れてきた頃でしょうか? 今回と次回は、特に新しく“プロとして白衣を着て仕事を始めた”皆さんに、すこしトンチを働かせて考えていただく内容にしました。今回は、「医師がお互いを『先生』と呼ぶことに対する違和感」についてです。

 私が学生時代、臨床実習が始まってすぐの時、軽い衝撃を受けた出来事がありました。大学病院で私たちの班についてくれた医師が小レクチャーを開いたのですが、その医師が私たち医学生に「で、先生はどう思うの?」とたずねたのです。その時の混乱と違和感は、今でも鮮明に覚えています。この人は、どうして私たちのことを「先生」と呼ぶのだろう? ひょっとして、もう医師免許を持っていると勘違いしているのだろうか? それとも、おちょくっているのだろうか? などと当時の私は感じました。

 しばらくたって、違う部署に行っても、医師は私たちに対して「先生さー、だめじゃんそれ!」などと、普通に「先生」と呼んできたのです。どうやら、医師の文化では同業者らしき他人のことをだれでも「先生」と呼ぶらしいと気付きました。その後、私も医師となり、患者さんや看護師から「先生」と呼ばれることや医師同士で「先生」と呼び合うことに、次第に違和感がなくなっていきました。

 ですが、医師として20年以上経過し、私は再び「先生」である自分や、同僚を「先生」と呼ぶ自分になんだか気持ち悪さを感じるようになってきたのです。簡単に言うと、“相手をバカにしているような感じ”を覚えるようになってきたのです。

「先生」と呼び合う職種に共通すること
 有名なことわざに「先生と よばれるほどの ばかでなし」があります。巷のことわざ辞典によると、「『先生』と呼ばれても、いい気になってはいけないよということ。教師をはじめ、医師・弁護士など、普通『先生』と呼ばれる人以外に使う『先生』には必ずしも敬意が含まれていないことから言う 」という意味のようです。はい、まさにそういう感じですね。

 わたしは、患者さんの前では医療の専門家としての「先生」です。患者さんに「先生」と呼んでもらい、「先生」として振る舞い、「先生」として仕事をすることが、医師の務めであり、社会保険が適用されている公共サービス提供者の務めなのだと思っています。しかし、同僚から普通に「先生」と呼ばれると、「俺、君になんか影響与えたっけ?」という感覚を少なからず自分の中に覚えてしまうのです。

 お互いを「先生」と呼び合う職種には、政治家、医師、教師などがあります。「先生」とは、「先生」と呼ぶ側から見た場合、ある点において「えらい」人たちを指すと私は思うのですが、お互いを「先生」と呼び合っている人たちは、その「ある点において」という枕詞が抜け落ち、自分たちのことを「全体としてえらい人たち」と勘違いし続けている人が多い気がするのです。「お互いに突っ込めない」「突っ込まれない」存在であろうとし過ぎていると思います。

 おそらく、自分のクライアントである国民、生徒、そして患者に対して、歴史的にゆるぎない「権威勾配」を維持する必要がこれらの職種にはあったのでしょう。クライアントを常に正しい方向に導いていくため、常に正しい存在である必要、そして突っ込まれることを許容しない存在である必要がこの職種にはあった。その権威勾配を維持するため、自らも自分たちを「先生」と呼び合ったのだと私は考えています。

連載の紹介

尾藤誠司の「ヒポクラテスによろしく」
医師のあり方を神に誓った「ヒポクラテスの誓い」。紀元前から今でも大切な規範として受け継がれていますが、現代日本の医療者にはそぐわない部分も多々あります。尾藤氏が、医師と患者の新しい関係、次代の医師像などについて提言します。

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