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ある老人の死体検案で考えたこと

2008/09/10

 朝7時に自宅の電話が鳴りました。所轄の警察署から死体の検案の依頼でした。異常死の検案を依頼されることは時々ありますが、今回は1週間前に診察した男性の患者さんでした。

 まず、電話で1週間前の診察の状況と今までの治療内容を聞かれました。その患者さんは肺気腫が進行して呼吸不全となり在宅酸素療法を受けていました。大体月に1度の割合で、50歳台の息子さんが車いすを押して外来に連れて来ていました。90歳を超す高齢で認知症も進んでいましたが、髪、身体、服装はいつも清潔でした。息子さんの介護が行き届いているのが窺い知れました。

 1週間前の診察時、るいそうが強まって、食欲も低下、血中の酸素飽和度も上がりにくくなっていたので息子さんに入院を勧めました。しかし、「入院させるのは嫌です」と言われました。呼吸状態が悪化しており、容態急変の可能性が高いことを説明すると、息子さんから予想外の答えが返ってきました。「私と父は、親一人子一人で長年二人きりで暮らしてきました。私にも父が大分弱ってきているのはわかります。でも、父は元気なころ、死ぬときは家で死にたいと申しておりました。それをかなえたいと思います。今日は連れて帰っていいでしょうか」。私は反論するすべもなく帰宅を了承しました。患者さんが帰った後、救急部に患者さんの住所を確認させ、地図のコピーをカルテの中に挟み込みました。そして、「息子さんから連絡があれば、すぐに救急車で迎えにいくように」と部長に指示しました。

 警察から電話があってしばらくしてするとパトカーが私を迎えに来ました。午前の外来診療を副院長に頼んで死体検案に向かいました。患者さんの自宅に着くと驚きました。パトカーが数台、自宅の前に止まっており、赤い回転灯につられて野次馬もたくさん集まっていたからです。検視官も7人ほど来ていました。

 私はすぐに家に上がり、遺体の口腔内異物の有無と外傷の有無を確認し検視官の責任者を呼びました。「パトカーが数台きて随分物物しいですが、何か事件性でもあるのですか」と尋ねました。検視官は「いや特別ありませんが、一応念のため…」との答えました。私は検視官に、患者さんの病状から急変は十分ありえたことを説明し、「犯罪の可能性が低いなら、せめてパトカーだけでも帰したらどうでしょう。家族も困惑しています」と言いました。検視官も了承し、すぐパトカーを帰してくれました。すると家の周りに見物に来ていた野次馬や近所の人たちもいなくなりました。

 その後、「肺気腫による呼吸不全」という死体検案書を作成しました。一段落すると、息子さんがお茶を出してくれました。そして、元気だったころのお父さんの話を聞かせてもらいました。室内を見渡すと家は決して裕福とはいえず、おそらく貸与と思われる介護用ベッドとポータブルトイレだけが目立って新しいのが印象的でした。帰り際におくやみを息子さんに言ってから、「お父さんは息子さんが最期まで面倒みてくれて、きっと幸せだったと思います」と伝えました。

 帰りは検視官の車で病院まで送ってもらいました。車内で「検視も、犯罪性の高いものと低いものでやり方を変えられないのですか」と聞きました。検視官は「私も時々そう考えます。でも、警察の捜査というものは物事を多方面から見ていかなければならず、一方向の見方のみで犯罪性を否定することはできません。報告書も作成しなければいけませんし」と答えました。確かに私たち医者は、患者が死亡した場合、病気だったことを念頭に検案を行います。立場が違えば根本的に見方も変わるということなのでしょう。

著者プロフィール

東謙二(医療法人東陽会・東病院理事長兼院長)●あずま けんじ氏。1993年久留米大卒。94年熊本大学医学部第2外科。熊本地域医療センター外科などを経て、2000年東病院副院長。03年より現職。

連載の紹介

東謙二の「“虎”の病院経営日記」
急性期の大病院がひしめく熊本市で、63床の病院を経営する東謙二氏。熊本市の若手開業医たちのリーダー的存在でもある東氏が、病院経営や医師仲間たちとの交流などについて、ざっくばらんに語ります。
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