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私、女優になります!

2014/11/12
根本康子

 看護師として病院に勤務して20年以上が過ぎた。新人の頃から数々の試練をくぐり抜けて現在に至るのだが、人間とはよくできたもので、辛かった経験は結構記憶が薄れているものである。その当時は、「こんな経験二度と繰り返したくない」と思うほどのことであっても、後になれば「あの経験を乗り越えたから、自信が付いたし、何があっても怖くない」と言えてしまうのである。

 看護師経験の中で私が最も辛かったのは、手術室の師長になった直後の頃だ。当時、手術室の師長の仕事が何だかよく分からない上に、看護師50人(←現在は70人を超えています)を束ね、さらに、手術室の改築が決まり、新手術室の設計、運用の検討に参加しなければならなくなった。

 手術部の設計、設備、運用を決めるために、これまで直接やりとりをしたことのない多くの診療科の医師(特に教授クラス)と会議を繰り返したり、手術に携わる医師、臨床工学技士など他部門の取りまとめと、医療機器のメーカーやディーラー対応、SPD(物品管理業務)、滅菌、清掃、リネンなどの委託業者対応もしなければならなかった。

 自称“人見知り”で、人前に出るのが苦手だった自分にはとても荷が重かった。特に、医師との調整には神経を使った。「引っ越し準備のために稼働前後で手術件数を制限してほしい」などと看護師側の意見を通そうとしても、理解、協力が得られないこともあり、何度か心が折れそうになった。

 結局のところ、1日も休むことなく、手術件数も通常通りこなしながら、新手術室の稼働日を迎えたのである……。

著者プロフィール

高崎由佳理(杏林大病院副看護部長、左)●たかさき ゆかり氏。1990年杏林大病院入職。産科病棟師長、外来師長などを経て、2014年から現職。12年国際医療福祉大大学院修了。助産師。根本康子(杏林大病院副看護部長、右)●ねもと やすこ氏。1987年杏林大病院入職。2004年手術部師長、14年から現職。13年国際医療福祉大大学院修了。

連載の紹介

新米副看護部長が行く!@杏林大病院
2014年4月に副看護部長に就任した二人の筆者が、看護部での奮闘の様子を交互に綴るエッセー。診療報酬制度など病院経営に直結する話題から、人材育成に関することまで、看護管理全般の話題に幅広く切り込みます。

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