
図 結核菌の接触から発病まで
これは、とある病院の話です。
医師:「○○さんの気管支鏡検査をしたら、抗酸菌の塗抹検査が陽性でした。結核かもしれません」
病棟スタッフ:「えっ、ええーーーっ!!」
もう病棟は大パニック。周囲の患者さんに感染させている可能性もありますし、○○さんのケアに濃厚に携わった看護師さんは「私にも感染しているかもしれない」と不安になってしまうことでしょう。病棟のスタッフは結核菌から身を守るためのN95マスクを装着し、その患者さんには個室に移ってもらいました。
病棟スタッフ:「い、一刻も早く結核病棟のある病院へ転院してもらってください!」
抗酸菌の塗抹検査が陽性になるだけで、こんなパニックになることがよくあります。さて、普段結核を診療している私がこのストーリーを読んだ時に思うことは以下の点です。
重大だが慌てる必要はない
未知のウイルスがアウトブレイクしているのとワケが違いますので、1分1秒を争う緊急事態ではないことを知っておく必要があります。結核菌は、未知の菌ではありません。また、結核は極めて緩やかな感染症であり、1週間単位で地域全体にジワジワと広がっていく“悪魔の感染症”ではないことも知っておく必要があります。また、予防法も治療法も分かっています。
確かに結核患者さんの看護をしていた方は、自分が感染しているのではないかと不安になることも多いでしょう。実際、看護師さんで結核になった方の多くは、職場での感染と考えられています。しかし、自分が結核患者さんの看護をしていたと判明した後に慌てて患者さんに転院してもらっても、恐らく「自分に感染しているのかどうか」という結果は変わりません。
重要なのは、これ以上リスクを増やさないために個室(可能なら陰圧室)へ隔離して、医療従事者はN95マスクを装着し、病院の産業医やインフェクションコントロールチーム(ICT)の指示を待つことです。
結核患者さんと濃厚に接触してしまった場合、どのくらいの確率で結核に感染するのでしょうか?
無責任かもしれませんが、これには答えがありません。というのも、患者さんの排菌している量、実際の看護時間(曝露時間)によってリスクが異なるからです。たまたまバスの中で一緒になった人から感染してしまうこともあるかもしれませんし、目の前でくしゃみされても感染しない人だっています。そのため「私はアブナイですか?」という質問を受けても「リスクはあるけど未来のことは分からない」としか言えないのが現状です。ただ、いったん「感染」してしまうと10人に1人くらいは「発病」してしまうと言われています1)。
「感染」と「発病」の違いが何なのか、ご存知の読者もいると思いますが、少し説明しましょう。患者さんが排菌した結核菌が私たちの体内に入ってきたとしても、絶対に結核を発病するわけではありません。多くのケースでは、生涯にわたって免疫力が結核菌を封じ込めます。発病せずに寿命を全うされる方がほとんどです。しかし、図にある通り、低い確率ながらも結核を発病してしまうことがあります。
結核菌の潜伏期は6カ月から数十年と言われていますので、濃厚接触した後に「明日発症するかもしれない!」と悩む必要はありません。もしも、あまりにも濃厚なケアをしてしまい、どうしても将来が心配ならば、職場の産業医か保健所に相談されることをお勧めします。
もしも、運悪く「感染」してしまった場合、イソニアジドという薬剤を6カ月内服することで結核の「発病」を予防できます。