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喀血したら胸を冷やしますか?

2014/07/21

 前回に引き続き、喀血についての話題です。「喀血」と「血痰」の違いについては、もうお分かりのことと思います。今回は喀血の対処のよもやま話をご紹介しましょう。

 私が結核病棟で研修をしていた頃、ベテランの看護師さんは「天井まで噴き上げる大喀血」を目にしたことがあるとよくおっしゃっていました。いくらなんでも天井はないだろうと半信半疑なのですが…。

 そんな重症の喀血はともかくとして、コップにパシャッと出る喀血は、呼吸器病棟では時に経験するものです。そんなとき、患者さんに冷罨法(れいあんぽう)を行うことがありますが、皆さんは喀血時に冷罨法を行うことが多いのはご存知でしょうか。「そんなこと知ってるよ!」という声が聞こえてきそうですが。

 罨法のうち、一般的には温罨法(おんあんぽう)の方がよく知られていますよね。これは漢方医学の治療法の一つで、新陳代謝を活性化させる効果があると言われています。一方、冷罨法とは体や患部を冷やすことを指します。喀血の場合、患側の胸の上に氷枕などを置きます。右の肺癌からの喀血なら、右胸の上に氷枕を置くといった感じです。

 私が研修医の頃から、看護師さんは喀血があれば冷罨法を実施してくれていました。その理由としては「だって冷却したら血管が収縮するから、止血できるでしょ?」というものです。確かに出血に対して温めるのは血行が良くなるイメージがありますが、だからといって冷やせば血管が収縮して止血が可能になるという理論は正しいのでしょうか?果たしてこの冷罨法、本当に喀血時に効くのでしょうか?私は英語の文献を読みあさって、調べてみました。

 どうやら、冷罨法の歴史をひも解くと、ヒポクラテスの時代にまでさかのぼるようです。すでに古代ギリシャ時代には、出血したときには冷却が有効であると考えられていました。これは冷却によって組織温度が低下し、ヒスタミンやプロスタグランジンといった血管を拡張させる物質の生成を減少させるためと言われています。しかし、その後いろいろな検証が行われ、冷却が止血機能に必ずしも良いわけではないことが分かってきました1)2)。少なくとも、外傷や手術時の出血を抑えるために温度を下げるのは意味がないことが示されています3)4)。また、胸の上に氷枕を置くことで止血が早まったという報告は現時点では存在しません。

 血管が収縮するという報告はマウスでもヒトでもたくさんあるのですが、30分~1時間を超えて冷却し続けると血管が再度拡張し始めるという知見もあるようで5)、冷罨法によって血管収縮のために止血が得られるという理論はちょっとあやしくなってきました。

 少なくとも、冷罨法は、止血カスケード(凝固因子の連鎖的な活性化により止血に至るまでの一連の機序)を悪化させるという報告は多いものの、止血に有効であったという報告はほとんどないようです。というわけで、喀血したときに冷罨法が有効かどうかは、現時点で不明と言わざるを得ません。

 喀血時に冷罨法よりも優先されるべきは

・ドクターコール
・気道確保(経鼻・経口的にできるだけ血液を吸引する、救急カートを準備する)
・体位変換(右肺からの出血が想定されれば右側臥位)
・点滴ルート確保(止血剤の点滴など)

といった点だろうと思います。冷罨法はオマケのようなものと考えてください。喀血時に慌てて素手で対応する方も少なくありませんが、冷静にまずは標準予防策をするよう心掛けましょう。

著者プロフィール

くらはら ゆう●2006年滋賀医大卒。洛和会音羽病院を経て08年から国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科に勤務。13年に書籍『「寄り道」呼吸器診療ー呼吸器科医が悩む疑問とエビデンスー』を刊行。現在、日経メディカルで「こちら呼吸器病棟」連載中。

連載の紹介

倉原優の「『寄り道』呼吸器ケア」
「根拠はあるのかな」と”寄り道”して考えることで看護のスキルはアップします。ブログ「呼吸器内科医」でおなじみの著者が、臨床ナースに役立つ知識を発信します。

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