日経メディカルAナーシングのロゴ画像

検査データは誰のものか?
地域医療連携ネットワークとパーソナルヘルスレコードの狭間で

2018/06/20
石原藤樹(北品川藤クリニック・院長)

 日本の医療は、どの医療機関にも自由にかかることができるフリーアクセスが特徴の一つです。しかし、例えば頭痛でA脳神経外科にかかって検査を受けた患者さんが、その診断や治療に納得できず新たにB病院にかかった場合、また同じような画像検査や血液検査を受けることになるという非効率さがありました。

 これを解消するための方法は、大きく分けて2つあります。

 1つは、地域の医療機関が連携して検査データを共有する仕組みを構築し、患者さんが別の医療機関にかかっても、すぐにそのデータを呼び出せるようにすることです。これは地域医療連携ネットワークという考え方で、既にそうした試みを行っている地域もあります。

 もう1つは、患者さんの側で自分の検査データを記録してまとめておくことです。これはパーソナルヘルスレコードという考え方です。今のところ、ある程度コンピューターに明るい人にしか向きませんが、専用のソフトに入力して自分のデータを整理して持っておくことができるのです。

 これら2つの方法は、どちらも複数の医療機関の診療記録や健康診断の結果などを患者さん個人のデータとして1つにまとめるという点では同じです。しかし、主体が患者さん本人であるかどうかで大きな差があるのが現状であり、連携ネットワークがあるためにかえって患者さんに不利益を生じることもあるのです。今回は、私が経験した事例を紹介しながら、そのことについて考えたいと思います。

事例:交通事故後の肩の痛みを見落とされた70歳代男性
 Aさんは70歳代の男性で、建設の仕事に現役で従事していました。自転車に乗っているとき交差点で出会い頭に自動車とぶつかる事故に遭い、その衝撃で投げ出されて左半身を強く地面に打ち付け、すぐに救急車で近隣の救急病院に運ばれました。その時点では左の肘と足関節の痛みを強く訴えており、その部位のX線撮影から左橈骨および左腓骨の骨折と診断されました。実は左肩の痛みもあったのですが、肘や足の痛みと比べて軽い気がしたので、Aさんは事故直後にはあまりそのことを訴えませんでした。

 左足は固定のみで回復し、左肘は手術が行われ、その後の経過は順調でした。しかし、安静にしていると左肩の痛みが強く感じられるようになってきて、そのことを主治医や担当の看護師に強く訴えましたが、「五十肩じゃないですか?」というようなやる気のない対応で細かい診察はされず、X線撮影も行われませんでした。

 ほぼ2カ月で退院となると、今度は地域の整形外科を中心としたリハビリテーション病院の外来に紹介されました。そこで再度Aさんは肩の痛みを訴えますが、救急病院からの紹介状にそのような記載はなかったので、リハビリテーション病院の主治医は肘や足のことは診るものの肩については診てくれず、Aさんの訴えにも耳を貸してはくれません。肩の痛みはあきらめかけたAさんでしたが、そうした病院の対応に疑問を感じたのは自動車保険の会社の担当者でした。

 保険会社としては、事故の影響を正確に把握して適切な補償につなげる責任があります。そのため、下手な医師や看護師よりAさんの症状をよく見ていたのです。保険会社の担当者は、「肩の痛みが事故の後から起こっているようなら、検査を受けて診断してもらいましょう」とAさんに言いました。リハビリテーション病院の主治医が取り合ってくれないことを知ると、「それでは一緒に話しましょう」と言って、主治医との面談を取り付けてきました。しかし、それが主治医には面白くなかったようで、その面談以降、主治医はAさんに対して明らかに冷淡になり、その半月後には「もうけがは治っているのでリハビリは必要ありません」と言って、診察とリハビテーション自体を打ち切ってしまいました。

 次にAさんは、地域で一番大きな総合病院の整形外科を受診しました。これも保険会社の担当者のアドバイスによるものです。この主治医は簡単な診察をして、すぐにMRI検査の指示を出しました。検査結果は左肩関節周囲の複数の腱の損傷・断裂の所見で、断定はできないものの交通事後の外傷によるものと考えられました。しかし、主治医はMRI検査のレポートの紙1枚をAさんに渡しただけで、「この病院ではあなたを治療することはできないので、これを持って別の病院で相談してください」と言いました。その地域では、Aさんがかかった2つの病院は総合病院を中心として提携し、ネットワークを作っているので、見落としと分かっていても勝手に治療できないという事情があるようなのです。こんなことがあってよいのでしょうか。Aさんは呆然とするしかありませんでした。

著者プロフィール

いしはら ふじき氏●信州大学医学部医学科、同大学院卒。医学博士。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、1998年より六号通り診療所(東京都渋谷区)所長。2015年10月より北品川藤クリニック(東京都品川区)院長。著書に『誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方』『健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな!』。趣味は演劇とマジック。

連載の紹介

医学と看護の交差点でケアを考える
クリニックで診る疾患、症状は多様で、治療がゴールにならない=「ケア領域」の患者さんが多くいます。医学だけでは太刀打ちできない中、医師が看護師などの他の医療従事者と力を合わせ、同じ方向を向いて患者さんと向き合う機会は、実際にはそれほど多くないのではないでしょうか。本連載では、内科開業医である著者が医学と看護の交差点に立ち、過去の知見の分析と臨床知から、医療の形を見直します。

この記事を読んでいる人におすすめ