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糖尿病治療を自己中断「2年間の空白」のなぜ

2018/02/09
石原藤樹(北品川藤クリニック・院長)

 厚生労働省「平成28年国民健康・栄養調査」によれば、国内の約1000万人が糖尿病有病者、同じく約1000万人が糖尿病予備群だということです。糖尿病は有病率の高い病気であるだけではなく、動脈硬化を進める大きな原因で、心筋梗塞や脳卒中を増やし、慢性腎不全や失明にもつながります。糖尿病はまさに国民病であると言って過言ではなく、特定健康診査(メタボ健診)の最大の目的も、まさに糖尿病の予防にあります。

 このように重大な国民病である糖尿病の治療は、何よりも優先して国民全員にあまねく保証されていなくてはならないはずです。ガイドライン通りの治療が、どの医療施設にかかっていても、同じように行われなければなりません。しかし、実際はそうはなっていません。今回は、筆者が経験した事例を通して、その問題を考えてみたいと思います。

事例―インスリン治療を自己中断した50歳代男性
 50歳代の男性Aさんが、雇い入れ時健診のために筆者のクリニックを受診しました。建設の現場で働く、大きな建設会社には属していない職人さんです。

 問診では特に治療を受けていないとのことでしたが、採血では血糖値312mg/dLと高値で、HbA1cも12%を超えていました。尿検査では糖以外に蛋白も検出されました。よく聞いてみると、家族のほとんどが糖尿病を抱えており、心筋梗塞や腎不全で亡くなっている方も多いことが分かりました。

 重症の糖尿病で既に合併症も発症している可能性が高く、入院の上でインスリン治療の開始が必要と思われるケースです。そこで、専門医がいて入院可能な病院を紹介し、治療の必要性を説明し、紹介状を書いて受診予約を取りました。これで通常のクリニックとしての役目はいったん終わりです。ところが…。

 Aさんは病院を1回だけ受診したものの入院を拒否し、筆者のクリニックに戻って来てしまいました。「これから仕事をしないといけないのに、入院しているような暇はありません」と言うのです。それで仕方なくインスリンを外来で導入し(持続型インスリンの1回打ち)、経口血糖降下薬との併用で治療を開始する方針にしました。何度か外来で治療を続け、HbA1cは9%台まで低下しました。しかし、治療開始から3カ月ほど経過した時点で、Aさんは外来にも来なくなってしまいました。

 2年後、Aさんは再び健康診断のために筆者のクリニックへやって来ました。こうした建設業の方は頻繁に現場を変わるので、そのつど職場に提出する健康診断書が必要になるのです。「空白の2年間」の事情を尋ねると、申し訳なさそうに「2年間、治療は一切していませんでした」と言うAさん。インスリン治療を始めてみて、あまりにお金がかかることにビックリして、これではとても生活ができないと受診を中断してしまったのです。

 私は非常にショックを受けました。患者さんの経済状況と医療費負担の大きさについて、あまりに無頓着であったことに気付いたからです。そこで、糖尿病という病気の怖さと、その治療の持つ意味を再度説明するだけでなく、今回は必要な医療費の額についても具体的に説明しました。特に治療開始からしばらくの間は検査を頻回に行わなければならず、全身状態の把握も必要になるので、より医療費がかかることも伝えました。

 その上で、ガイドラインで必要とされている検査も、Aさんの経済状況を考えてかなり絞り込めるようなプランを組み、できるだけ医療費を下げるようにしました。2年前の治療では経口血糖降下薬として当時新薬であったDPP-4阻害薬を使ったのですが、今回はより安価なメトホルミンを選択しました。

 その結果、Aさんは一応納得して治療を再開し、通院は3カ月に一度という本来なら不十分なかたちではありますが、今も受診を続けています。皆さんはこの事例を読んで、どう感じるでしょうか。

著者プロフィール

いしはら ふじき氏●信州大学医学部医学科、同大学院卒。医学博士。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、1998年より六号通り診療所(東京都渋谷区)所長。2015年10月より北品川藤クリニック(東京都品川区)院長。著書に『誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方』『健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな!』。趣味は演劇とマジック。

連載の紹介

医学と看護の交差点でケアを考える
クリニックで診る疾患、症状は多様で、治療がゴールにならない=「ケア領域」の患者さんが多くいます。医学だけでは太刀打ちできない中、医師が看護師などの他の医療従事者と力を合わせ、同じ方向を向いて患者さんと向き合う機会は、実際にはそれほど多くないのではないでしょうか。本連載では、内科開業医である著者が医学と看護の交差点に立ち、過去の知見の分析と臨床知から、医療の形を見直します。

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