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認知症患者が抱える不安、どう取り除く?

2017/07/12
石原藤樹(北品川藤クリニック・院長)

 私は認知症サポート医として、地域の中で認知症の患者さんと日々接しています。今回は、診療の中で印象に残った2つの事例についてお話ししたいと思います。皆さんは何を感じるでしょうか?

 それでは最初の事例です。

事例1:家族の不在をきっかけに不可思議な訴えをするAさん
 Aさんは一人暮らしの90歳代の女性で、高血圧と心不全の持病を抱えています。杖を突いてではありますが、独歩で定期的にクリニックを受診でき、自然な記憶力の衰えはあるものの、認知症を疑わせるような症状は見られませんでした。

 ところが、ある雪の日に自宅玄関の前で足を滑らせ、尻餅を突いて殿部を強打。辛うじて立ち上がり、部屋までは戻りましたが、その後に腰の痛みが強くなり、起き上がることも困難な状態になりました。

 近隣に住むAさんのご家族は非常に熱心な方だったので、すぐに一人暮らしのAさんのところに駆け付け、その後も毎日必ず数時間はAさんの家で身の回りの介護をするようになりました。私は依頼を受けて往診し、整形外科への紹介状を書きました。

 それから1週間ほどがたったときのことです。ご家族からAさんの言動がおかしいとの連絡が入りました。Aさんの腰の痛みが落ち着きつつあったので、ご家族は1日だけAさん宅の訪問を休んだのですが、その日にAさんから電話があり、「家の中に得体の知れない動物を連れた男が入り込み、家の中をめちゃくちゃにしていった」と言われたそうです。

泣きながら「家族が食事を摂らせてくれない」
 私が、驚いてAさんのもとに駆け付けると、そんな男や動物の姿はありませんでした。しかし今度は、「死んだおじいさんがそこに座って、恨みがましい目をして自分を見ている」と言ったり、「家族が1週間食事を摂らせてくれない」と泣いたりもします。ご家族が訪問しなかった日に、Aさんを不安にさせるようなことが何か起こったのではないかと私は思いました。

 ご高齢ですから、全く認知症がないとはいえないでしょう。ただ、安定した状態のときには日常生活に支障のないレベルの認知症が、ストレスなどをきっかけとして一気に悪化したように見えるのは、よく経験することです。その可能性をお話しすると、ご家族も同意見だということでした。

 こうしたケースの場合、「心配だからすぐに入院させてほしい」というようなことを言われるご家族も、実際にはよくいらっしゃいます。しかし、Aさんのご家族はそうではなく、「これまでのようにまた毎日Aさんのところへ通って、なるべく安心してもらうように心がけ、3日くらい様子を見てみる」と言われました。私はその見識に感心しました。私もその方針に賛成で、Aさんの不安が最小限になるような環境作りが大切だと思う旨を伝えました。そして、Aさんの様子が悪化している徴候があれば、すぐに連絡をしてもらうようにお願いしました。

 それから3日後、再びAさんのお宅へ訪問診療に行くと、状態はかなり落ち着いていて、「自分はどうかしていたような気がする」と言いました。現実と非現実との間での混乱のようなものは若干残ってはいるのですが、それ以外の点では極めてクリアで、早く立って歩けるようになろうという強い意欲も感じられました。私はホッと胸をなで下ろしました。

 こうした症状を、せん妄のような一時的な意識障害としてとらえるか、軽度の認知症がストレスにより急性増悪または進行したととらえるかは、難しい判断だと思います。ただAさんの場合、ご家族の不在がこの症状の出現に関連していたことは間違いないでしょう。医師や看護師、介護スタッフは、ご家族が「また良くなる」と信じているならば、その希望を現実に変えるために全力を尽くすべきです。

 今度は、対照的な事例を紹介します。

著者プロフィール

いしはら ふじき氏●信州大学医学部医学科、同大学院卒。医学博士。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、1998年より六号通り診療所(東京都渋谷区)所長。2015年10月より北品川藤クリニック(東京都品川区)院長。著書に『誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方』『健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな!』。趣味は演劇とマジック。

連載の紹介

医学と看護の交差点でケアを考える
クリニックで診る疾患、症状は多様で、治療がゴールにならない=「ケア領域」の患者さんが多くいます。医学だけでは太刀打ちできない中、医師が看護師などの他の医療従事者と力を合わせ、同じ方向を向いて患者さんと向き合う機会は、実際にはそれほど多くないのではないでしょうか。本連載では、内科開業医である著者が医学と看護の交差点に立ち、過去の知見の分析と臨床知から、医療の形を見直します。

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