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過換気症候群のペーパーバッグ再呼吸法を考える(1)
ペーパーバッグ再呼吸法を全否定してよいのか?

2017/04/19
石原藤樹(北品川藤クリニック・院長)

 過換気症候群は、一般的に「過呼吸」と呼ばれることも多く、広く知られている病態です。昔ながらの治療として、ペーパーバッグ再呼吸という方法があります。ただ、近年この治療法は旗色が悪く、「患者さんの命に関わる危険な方法」と表現されることさえあります。

 私が今、実際の診療で心を痛めているのは、パニック障害を抱え、頻回に過呼吸発作を起こしているような患者さんが、ペーパーバッグ再呼吸という方法が正しいと信じて支えにしてきたのに、急に間違いだと言われて強い不安を感じている、ということです。

 確かにペーパーバッグ再呼吸は根拠に乏しく、時には危険な場合もあるかもしれません。しかし、これまで一般的に行われてきた治療法を急に駄目だと言い、患者さんの信ずるところを全否定するのは、医療従事者として本当に正しいことでしょうか? 今回はこの問題を考えてみたいと思います。

過換気症候群の原因と症状
 まず、過換気症候群の病態について説明しましょう。

 通常、血液中に酸素が不足する状態になると、脳の呼吸中枢が刺激されて過呼吸(通常より深く速い呼吸)になります。過呼吸は過換気を引き起こし、血中二酸化炭素濃度が減少して血液はアルカリ性に傾く(呼吸性アルカローシス)ため、それに反応して脳の血管が収縮し、血流が低下して失神や意識が遠のくような現象が起こります。また、過換気により血中のカルシウムが低下することで、手足のしびれや一時的な痙攣が起こります。過呼吸の多くは、血中の酸素不足が原因で起こるため、救急の現場などで過呼吸の患者さんに接した場合には、酸素の欠乏するような病態が起こっている可能性を考えて、その診断と適切な治療を行うことになります。

 しかし、過換気症候群の場合は、原因が異なります。過換気症候群では、主に精神的な不安などの要因により呼吸中枢の反応性が亢進して、血液中に酸素の不足や二酸化炭素の蓄積もないのに過呼吸になると考えられています。

 また、過換気症候群とされているケースの中には、実際には過換気を起こしていない場合もあります。これらは「心因性呼吸困難」と考え、過換気症候群とは区別すべきだという意見もあります。実際、心療内科や精神科で対応するパニック障害などに起因する呼吸困難は、血中酸素飽和度が正常で呼吸困難があるという点では過換気症候群と言えなくはありませんが、臨床所見から実際に過換気を呈しているとは考えにくい症例が多いです。

 私の経験的な印象としては、呼吸困難を呈し、血中カルシウム不足のサインである手足のしびれやテタニーと呼ばれる手先の筋肉の硬直を示す例では、過換気症候群として間違いないと思います。他方で、パニック障害などの患者さんでは、換気の状態に大きな問題はないものの自覚的な呼吸困難のみを示す心因性呼吸困難のケースが多いように思います。

1本の論文がペーパーバッグ再呼吸への風向きを変えた
 冒頭で紹介したペーパーバッグ再呼吸を治療として推奨されてきたのは、血中酸素濃度低下を招くような器質的疾患がない過換気症候群と心因性呼吸困難の発作時です。

 ペーパーバッグ再呼吸は、大きめの紙袋を口に当て、吐いた息を再度吸い込むことにより過換気の状態を改善するという伝統的な方法で、一時は救急医療の教科書などにも記載されていました。私が大学を卒業して救急当直をしていた1990年代初め頃も、「過換気ならペーパーバッグでもやっとけ」と言われるくらいの感じで、ポピュラーな方法だったと思います。

 過換気症候群の病態は、本来は過呼吸の必要ない状態で過呼吸が行われることにより、血中の二酸化炭素が減少して様々な症状を引き起こすというものでした。ここでペーパーバッグ再呼吸を行うと、患者さんの吸い込む空気の二酸化炭素量が多くなるので血中の二酸化炭素量が正常に近付くという理屈です。これだけ聞くと、なるほどと思います。

 患者さんに紙袋を渡して、呼吸してもらうだけのことですから、一見楽そうに見えます。ただ効果的に行うためには、腹式呼吸を指導したり、胸郭を補助して呼吸をサポートしたり、「大丈夫だよ。絶対に死ぬようなことはないから」などと励ましたりする必要があります。かなり手間がかかるため、現場で実践するのは現実的ではないケースが多いのです。当時の一般的な認識は、「ペーパーバッグ再呼吸の効果は疑問だけれど、危険はない」というものでした。

著者プロフィール

いしはら ふじき氏●信州大学医学部医学科、同大学院卒。医学博士。信州大学医学部老年内科(内分泌内科)助手を経て、1998年より六号通り診療所(東京都渋谷区)所長。2015年10月より北品川藤クリニック(東京都品川区)院長。著書に『誰も教えてくれなかった くすりの始め方・やめ方』『健康で100歳を迎えるには医療常識を信じるな!』。趣味は演劇とマジック。

連載の紹介

医学と看護の交差点でケアを考える
クリニックで診る疾患、症状は多様で、治療がゴールにならない=「ケア領域」の患者さんが多くいます。医学だけでは太刀打ちできない中、医師が看護師などの他の医療従事者と力を合わせ、同じ方向を向いて患者さんと向き合う機会は、実際にはそれほど多くないのではないでしょうか。本連載では、内科開業医である著者が医学と看護の交差点に立ち、過去の知見の分析と臨床知から、医療の形を見直します。

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