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「死の受容」のためにがん末期患者が選んだこと

2015/02/25
落合実(ケアプロ訪問看護ステーション東京)

 患者さんは、A病院から先日退院したばかりの、肺がん末期、リンパ節転移の方です。診療情報によると、「看護師の態度や発言に対し、繊細な反応が多くあるため、注意した対応が必要」との申し送りが病院よりなされていました。そのため初回訪問時は、意識して私1人でご自宅へ伺いました。

 訪問してみると、契約内容やサービス内容など1時間ほど色々とお話ししているうちに、自然と意気投合することができました。生まれた島での生活や兄弟のこと、これまでの仕事のことを話し、最後は、癌の宣告を受けてから現在に至るまでの死生観の変化についての話。私は基本的には傾聴していましたが、看護師としてのこれまでの経験などから補足や助言などを少しだけ行いました。実は、A病院の退院相談看護師からは、「在宅で難しそうであれば再度入院でも良い」と退院前から言われていたのですが、ご本人から「こんなに気さくでいい人が来てくれると思わなかった」と言われ、とりあえず受け入れて頂けたのかなと安堵しました。

 話を続ける中で、印象的だったのは、癌告知を受けてから今まで、男として人として最期まで『正しく』生きたいと思ってきた、ということです。そして、これまでは癌と逃げずに闘うことを『正しい』と思い頑張ってきたと。でも、治療のため働けなくなって生活保護を受けることになり、国に迷惑をかけてまで闘っていいのかと考えるようになり、次第に、闘うこと自体も逃げ出したくなるほど辛くなってきた。そんな自分を情けなく思っていたのだと、淡々と語られました。

 しかし先日、この方は自分が亡くなった後、自身の遺体を献体として提供することを決められたそうです。そしてその事前手続きが受理された時から、これまで思い悩んでいた『正しく』の意味が少し変わったと話されました。

 「研修医やこれからの医療に役立つと思うとなんだか誇らしい」

 「自分の身体なんてどうでも良いと思ってたけど、人様のためになると思うと最期まで自分の身体をキレイにしておこうって思えるよな」

 「誰かのためになると思うとなんだか安心した」

と涙ながらに話してくださいました。

 難病や根治が難しい疾患を抱えた方が、自身の身体を献体として提供されることは、これまでの経験上少なくないと思いますが、献体提供が、ターミナル期における死の受容を促すのに効果があることを改めて感じました。最期までこの方が『正しく生きた』と思って頂けるように、お手伝いできればと思います。時間をかけながら、ご利用者様としっかり向き合って関わることはやっぱり楽しいなと思いました。

連載の紹介

ケアプロの「訪問看護最前線」
東京都内で訪問看護ステーションを運営するケアプロ。同社の訪問看護師が、日々の看護記録とは別に書きためている「日報」を、コラムに再編しました。家で暮らすことを選んだ人々を支える訪問看護の生々しい現場の様子と、訪問看護師たちの心の動きを綴ります。(ケアプロの運営する新卒・新人訪問看護師応援サイト「CAN-GO!」はこちら

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