日経メディカルAナーシングのロゴ画像

連載20回記念
【小説】復讐するは皮膚にあり

2017/03/17
安部 正敏(札幌皮膚科クリニック、褥瘡・創傷治癒研究所)

 復讐。小説の中ではたやすく行うことができる行為であろうとも実際に行うとすればかなり難しい。無論、殺人など大それた復讐をしようとは思わない。完全犯罪など、愚かな人間が犯す行為に神が味方するわけもなく、警察にパクられるのがオチである。拉致して殴り倒す“太陽にほえろ”如き障害事件であっても、新聞沙汰となり社会的地位が抹殺されるのは目に見えている。

 もっと軽微でかつ相手を苦しめる復讐がよい。当然刑事事件にもならず、犯人さえわからず、相手もさほど気にとめぬが長きにわたって苦しむのが良い。さて、どんな方法をとるか……。ベッドに入ってゆっくり考えるとしよう。その前に、薬を塗らなければ。さぁて、いつもの軟膏はどこにおいたかなっと……。山田隆夫の頭に、ある考えが浮かんだ。少しだけ笑顔になった隆夫は、ベッドに入ることもなく、ワインの栓を抜いた。前祝に、誰に向かうでもなく乾杯した。

 隆夫の仕事は製薬会社のMR(医薬情報担当者)である。主な仕事は、顧客である医師や薬剤師、薬剤の卸売会社に対し薬品の情報提供を行うことで、簡単に言えば営業職である。しかし、扱う製品の性格上、利益追求と思われてはならず、あくまで建前は“情報提供”だ。しかし、日本に進出したばかりである隆夫の会社は、大手製薬会社と異なり、まだ扱う品目は極秘新薬1剤のみ、しかも皮膚科関連の薬剤である。「情報提供が仕事なのだから、ノルマなど関係ないであろう」という当初の目論見は外れ、実際入社してみるとあろうことか“営業目標”などが課せられ、要は車のセールスマンと何ら変わりがない職種であった。さらに、新薬が何たるかはまだトップシークレットで、隆夫は知る由もなかった。

 「おい、山田君!ちょっと来たまえ!」上司課長のお呼びである。この上司、すぐに対応しないとかなりの剣幕で激が飛ぶ。

「はい、課長。何かご用事で」
「当たり前だろう。用事がなくて呼ぶバカがどこにいる。とりあえず座布団を一枚持ってきたまえ」

 座布団を持ってこさせるのは、この課長独特の習慣であり、つまるところお小言が長くなることを意味する。座布団を1枚持参し、一礼のもと前に座る。
「山田君。君が担当するあの先生がえらくご立腹だそうだ。知っているかね?」
知っているも何も、悪いのは課長であることは火をみるのも明らかなのだが、ここは抑えてゆっくり頷く。

 「全く困ったものだ。新薬発売記念の講演会をお願いし、快諾を得たのはいいものの、その講演タイトルが「校庭のゴミ処理をすれば薬価が安くなるのか?」だ。こんなふざけたタイトルなど実にけしからぬ。しかしだ、相手は腐っても医者だ。山田君。何とかならんもんかね?」

 件の皮膚科医が決めたこのタイトルを課長に報告した時、課長は「実に愉快だ!我が社の期待の新薬の薬価が想像以上に高くついてしまったとの情報が入った。これでは誰も手が出せぬ金額でどうしようかと思っていたところだ。国有地払下げに絡めて、ユーモアもインパクトもある講演タイトルだ。山田君デカシタ!座布団を持ってきてくれ」などと言い放ったのである。

 正直自分は、このタイトルはまずいのではないかと思っていたが、案の定、本社からダメ出しが出たのである。ところが、この課長ときたら自分が気に入ってOKを出しておきながら、本社からNGとなると途端に豹変し「山田君!なんてことをしてくれたんだ!だからあれほど言っているだろうが!仕事は念には念を入れて慎重にやれと!反省が足らん!座布団はとっちゃえ!」。自分の失態を部下になすり付ける典型的なダメ人間がそこにいた。

 とりあえず課長同行の下、件の皮膚科医に面会しお詫びをせねばならない。この医師の難しいところは、表面上は激怒せず穏やかなのであるが、実はある大手マスコミのwebサイトに連載などを持っており、ある事ない事書かれてしまうことである。我々同業者の間では密かに“文春医師”とあだなをつけられている。今回の面会も「今エッセィ執筆中」とかで散々待たされた挙句、やっと面会に漕ぎつけた1)。先程まで「いつまで待たせるんだ!」などとフンガイしていた上司は、一転笑顔でこう言い放った。

 「先生!今回のタイトルではご迷惑をお掛け致しました。実に素晴らしい、興味深いタイトルであると私は深く感銘を受けたのですが、実はこの山田が本社に異議を述べたのです。担当者として、このように的を得ていないタイトルはいかがなものかと…」

**
 
 思い出すだけでも寝つきが悪くなる。既にハーフボトル飲んでしまった。課長にはそれ相応の報いを受けてもらわなければならない。それも完全犯罪で、じわじわと長く苦しむように…。

 水虫だ!水虫をうつしてやろう。課長のやつ、時々「足のにおいが気になる」とか言って、悩んでいるようだが、そこにオレ様の水虫をプレゼントしてやろう。ヒントは他ならぬ件の皮膚科医の一言だ。

 「最近、多くの居酒屋は座敷で靴を脱いで上がるから、水虫が感染しやすい場所として注意である。靴下をはいておけばうつらないなどと考える人もいるが、そんなもので予防などできやしない。水虫は、糸状菌が皮膚に付着しても、すぐに洗えば落ちるから感染しにくいのだけれど、酒に酔ってグデングデンになると、もう面倒になって足など洗わないから感染のリスクが高まる」

著者プロフィール

安部正敏(医療法人廣仁会札幌皮膚科クリニック副院長、褥瘡・創傷治癒研究所)●あべ まさとし氏。1993年群馬大学医学部卒。同大皮膚科入局。米テキサス大サウスウェスタンメディカルセンター細胞生物学部門研究員、群馬大皮膚科講師などを経て、2013年から現職。近年エッセー連載も多数。

連載の紹介

安部正敏の「肌と皮膚の隅で」
看護師が日常的に遭遇する皮膚疾患をテーマに、病態のメカニズムや治療の最新知見、スキンケアのピットフォールなどを解説するエッセー。看護師向けセミナーや書籍などで大人気の安部正敏医師が、分かりやすくレクチャーします。

この記事を読んでいる人におすすめ