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記者の眼

「知見が不十分だから、この治療はしない」は倫理的か?

 正直、倫理という言葉が苦手だ。「これは倫理観の問題」などと言う言葉は、「これ以上は思考停止しましょう」と受け取れることが多々あるような気がするから。

 しかし、新興感染症である新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への治療法を日夜模索する先生方を取材する中で、この倫理という言葉が脳裏から離れなくなった。

 例えば、新しい治療を行う際、「知見が不十分だからやらない」「きちんとしたスタディーが組めていないからやらない」「スタディーが組めるまで待つ」。これらは、平時であれば倫理的な判断だろう。

 しかし、新興感染症で死亡リスクもある場合、これは倫理的な判断なのだろうか。目の前の患者を救うために最大限の努力をする。エビデンスが不十分であったとしても、救命できる可能性が少しでもあるなら試す。こちらの方が倫理的ではないかと思う。もちろん、その治療法にエビデンスが不十分であることなどは患者・家族に説明する必要があるが、説明を受けた上で治療を望むのであれば、「やるべき」ではないだろうか。

 だって、重症例はエビデンスの蓄積を待ってはくれず、命は不可逆だ。

 まさに倫理的な対応をされていると個人的に考える医師の一人が、国立国際医療研究センター病院呼吸器内科医長の泉信有氏だ。泉氏ご本人も「『仲間の中ですらやりすぎではないか?』と言われることがある」と打ち明けるが、とにかくCOVID-19に対して攻めの治療を展開している(関連記事:COVID-19後の息切れは治療介入できる!「コロナ肺炎が急変して挿管」は回避できる)。

 なぜか。「今は効果を出すことを最優先にしないといけない。そのためには最大限の治療をする。そして、効果があることが示せたら、次のステップとして、その効果が下がらない程度に治療の強度を下げる検討を行う」というスタンスだからだ。

 泉氏同様、様々な試行錯誤が現場で展開されているだろう。その目的はただ一つ、「目の前の患者を救う」だ。そんな彼らを「エビデンスが不十分だからやるべきではない」と批判することは、倫理的か否か。COVID-19という新興感染症、さらにその変異株という非常事態を前にした今、私は「否」と叫びたい!

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