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2008. 6. 20

脳卒中発症率・死亡率の変遷と新しい予防対策

九州大学大学院病態機能内科学特任准教授・誠愛リハビリテーション病院長 井林雪郎氏に聞く

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脳血管

九州大学大学院病態機能内科学特任准教授・誠愛リハビリテーション病院長の井林雪郎氏

 今日でも、脳卒中は日本人の死亡および障害の主要な原因となっている。しかし、その危険因子や脳卒中の病型別頻度は、過去50年ほどの間に大きく変化した。高血圧が重要な危険因子であることに変わりはないが、代謝性疾患の増加が脳梗塞の病型に変化をもたらしており、新たな脳卒中予防対策の構築が必要となっている。そこで、臨床疫学成績が示す脳卒中の動向、血圧管理脳血管保護作用を考慮した治療薬の可能性などについて、井林雪郎氏に聞いた。(聞き手:見留 正璽=メディカル・ラボ)


――日本人の脳卒中発症率・死亡率は、過去数十年間に大きく変化したといわれています。そこで最初に、久山町研究から明らかになった脳卒中の動向についてお話しください。

井林■久山町研究は、1961年から47年間、40歳以上の成人を継続的に追跡してきましたが、時期によって過去3つの集団に分けられ、疾病動向の解析がなされています。現在は4番目の集団を追跡しています。

 第1集団は1961年から、第2集団は1974年から、第3集団は1988年から、それぞれ追跡を開始しました。どの集団も死亡例を除き継続的に観察されています。前教授の藤島正敏先生の頃の分析ですが、最初の8年間のデータを集計すると、脳卒中の死亡率・発症率には集団ごとに変化がみられます。

 すなわち、死亡率も発症率も時期が後になるほど低くなっており、特に脳出血死亡率の低下は20分の1と著明です。しかし、3集団の差を細かくみると、たしかに死亡率・発症率は低下していますが、低下率が大きいのは1960年代から70年代にかけてであり、その後の低下率は鈍化しています。つまり、脳卒中の死亡率・発症率は、長期的に低下してきたが、最近は下げ止まりの傾向にあるといえます。

――死亡率・発症率の低下が鈍化した原因は、どこにあるとお考えですか。

井林■脳卒中の最大の危険因子は高血圧ですが、それに対する治療の普及が初期の死亡率・発症率の低下には大いに寄与していると思います。

 一方、高血圧の有病率は、過去も現在も大きな違いはなく、治療率が上昇したことを考慮すると、脳卒中はもっと減少していいはずです。しかし、そうなっていないのは、高血圧以外の危険因子である肥満や脂質異常、耐糖能異常などの代謝性疾患が増えてきたからではないかと考えられます。

 実際、3集団でみても、肥満脂質異常糖代謝異常の頻度は右肩上がりに増加しています。つまり、いま話題になっているメタボリックシンドローム(MetS)の構成因子をもった人が増えているということです。

 第3集団を対象に解析した成績から、メタボリックシンドロームは脳梗塞のリスクを男性で3.4倍、女性で2.2倍に上昇させることが明らかになっています*1。また、この変化は脳卒中の病型の変遷にも反映していると考えられます。

 脳梗塞の病型別頻度をみると、第1集団では約80%が高血圧に起因するラクナ梗塞でしたが、第2、第3集団ではその頻度が低下し、逆に動脈硬化が主因とされるアテローム血栓性脳梗塞、心房細動などが原因で起こる心原性脳塞栓症が増加し、最近ではアテローム血栓性脳梗塞が脳梗塞全体の約3分の1を、心原性脳塞栓症も4分の1から3分の1を占めるほどになっています。

――脳卒中発症を予防するためには、降圧とともに代謝異常を考慮した治療が必要ということですか。

井林■そのとおりですが、降圧が最も重要であることを踏まえた上で、代謝異常への対処を考えるべきだと思います。高血圧治療ガイドラインは、糖尿病や腎障害を合併した高血圧に対し、厳格な降圧を勧告していますが、代謝異常などの危険因子を合併している場合も、血圧の厳格な管理が必要です。また、糖代謝異常腎障害、動脈硬化などを抑制する作用を有する降圧薬を選択することも重要だと思われます。

――そのような意味で、レニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬が第1選択薬として推奨されているのですね。

井林■RA系阻害薬には、例えば糖尿病や心房細動の新規発症を抑制する作用、誤嚥性肺炎の予防、認知症を軽減する作用など、血圧を下げて脳卒中を防ぐという以外に、様々なプラスアルファの効果があるといわれます。また、脳においても、血管障害を促進する活性酸素の発生を抑制したり、動脈硬化に伴う血管の構築ないしは構造的変化(リモデリング)を解消して血管の柔軟性を回復する作用があります。

 脳の血管には、血圧が生理的な範囲で変動しても脳血流量を一定に保つ自動調節機構がありますが、それを支えているのは、血管がしなやかに収縮拡張する働きです。しかし、高血圧が持続し、動脈硬化が進行すると、全身の血管と同様に脳血管のしなやかさも失われ、血圧変動に応じて容易に脳血流量が減少するようになります。つまり、高血圧の持続によって、脳血管がリモデリングをきたすと、脳血流の自動調節能が障害されるのです。

 もちろん、血圧を下げればリモデリングも抑制されるわけですが、RA系阻害薬には、降圧だけでは説明できないリモデリング改善作用がみられることが、高血圧自然発症ラット(SHR)を用いた実験から明らかになっています。

 SHRの脳血流自動調節能は、血圧が上昇するにつれて低下しますが、RA系阻害薬のアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)を投与すると自動調節機能は改善します。ところが興味深いことに、その効果は十分な降圧を生じる高用量だけでなく、全く降圧作用を示さない低用量でも認められるのです。

 そこでARBがSHRの脳血管にどのような変化をもたらすのかを調べたところ、血管外径の狭小化と中膜壁の肥厚を抑制することが明らかになりました。この知見はARBが脳血管のリモデリングを改善し、血圧変動による脳虚血を起こしにくくすることを示唆しています。

――ARBはどのような機序で脳血管リモデリングを抑制するのでしょうか。

井林■ARBは酸化ストレスを抑制することが知られていますが、SHRの実験でもそれが裏付けられました。活性酸素の産生量を測定したところ、ARBは高用量でも低用量でも活性酸素の産生量を未治療のSHRに比べ有意に低下させました。このことから、ARBには降圧に依存しない酸化ストレス抑制作用があり、それが血管リモデリングを改善する機序の一つであろうと考えられます。


*1 土井康文ほか:メタボリックシンドローム up to date. 日医会誌 136:S49, 2007

(日経メディカル別冊)

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