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特集 インフルエンザ 2007/2008

【専門家に聞く】No.9
耐性ウイルスの出現は突然、対策はリスク分散が基本
新潟大学大学院医歯学総合研究科 齋藤玲子氏

 1月末、世界保健機関(WHO)に届いたノルウェー当局からの第一報は衝撃的だった。今冬流行したAソ連型インフルエンザウイルス(H1N1)に75%という高い割合でオセルタミビル耐性ウイルスが見つかったというのだ。その後、日本でも市中流行株の100分離株中5株に耐性ウイルスが認められた。抗インフルエンザ薬、特にアマンタジンの薬剤耐性問題を研究している新潟大医歯学総合研究科講師の齋藤玲子氏(写真)は、「これまでの常識を覆す出来事」と受け止める。継続的なモニタリングが重要と訴える齋藤氏。「薬剤耐性化の対策」には「リスク分散が基本」と即答した。

―― WHOのまとめ(3月6日現在)によると、オセルタミビル(タミフル)耐性が日本でも見つかりました。ノルウェーでは66%、フランスでも39%に見つかっています。この事態をどのように受け止められていますか。

齋藤  正直、大変なことになったと思います。これまでタミフル耐性株はあまり伝播しないというのがWHOなどの見方でしたので、こうした認識を変えないといけないと思いました。

―― 日本では、市中流行株について、薬剤耐性ウイルス調査が行われていたとうかがいました。

齋藤  昨年の日本小児感染症学会(横田俊平会長)で、横浜市衛生研究所の川上千春氏らのグループが発表したものがあります。2004/05シーズンから2006/07シーズンにかけて、感染症発生動向調査で初診時に採取した検体をもとにA型インフルエンザウイルスでの薬剤耐性化を調べたものです。その結果、2005/06シーズンのAH1N1型に耐性変異が認められました。51分離株中、ノイラミニダーゼ耐性アミノ酸変異株が2株見つかったのです。耐性率は3.9%でした。薬剤感受性試験の結果、この変異株はタミフルの感受性が低下していました。このほか、WHOの調査では、2005/06シーズンのAH1N1型で2.2%(178分離株中4株)にノイラミニダーゼ耐性アミノ酸変異株が認められたという報告もあります。

―― 2007/08シーズンは5%に見つかっていますから、日本では、この2シーズンで耐性率が増えたことになります。

齋藤  AH1N1型で耐性株が広がっていると言えると思います。今年の初めでしたか、米国の専門家らと意見交換する機会がありました。その中で、「米国ではタミフル耐性が現れたとの未確認情報がある。日本ではどうか」と尋ねられました。川上氏らの調査結果を紹介したのですが、米国でも調査が進んでいるという印象でした。

―― 米国では519分離株中45株で耐性ウイルスが見つかっています(3月6日現在)。耐性率は9%です。一方、ヨーロッパ、特にノルウェーでは7割という高率で見つかっています。AH1N1型での耐性株は、世界的に広がっていると認識していいのでしょうか。

齋藤  タミフル耐性株はあまり伝播しないというのが、いわば常識化していました。今回の件で、この見方は覆ったと思います。それからもう一つ。欧州で出現が確認されたのは驚きでした。耐性ウイルスは、中国や日本などのアジアで出現すると思われていましたから。

―― アマンタジン(シンメトレル)耐性でも同様の出来事があったようですが。

齋藤  アマンタジン耐性には、(1)薬剤使用後に高率の耐性化が見られる、(2)伝播率は低い、(3)特定のアミノ酸変異(S31N)が突出して多い、といった特徴がありました。私たちの研究グループでは、アマンタジン投与後に約30%の患者に耐性株が出現することを確認しています(1)。また、耐性株の伝播力は弱く、施設や家族といった密接した集団内に限って伝播が観察されるだけで、市中株での出現頻度は0~3%程度と低かったのです(1,2)

 しかし、2004年に事態は一変しました。米国疾病対策予防センター(CDC)がA香港型(H3N2)の市中株の7割にアマンタジン耐性株が見つかったと報告したのです(2)。市中株は、中国と香港で採取されたものでした(図1)。

図1 H3N2におけるアマンタジン耐性株の出現(Bright et al. Lancet 2005(2)

―― 「市中株での出現頻度は0~3%程度」と言われていたのに、一挙に70%へ激増したのですか。突然の激増という状況は、今回のタミフル耐性株と似ています。

齋藤 中国・香港だけではなかったのです。2005/06シーズン初頭に、米国でH3N2型の9割がアマンタジン耐性株だったことが明らかになり、M2阻害剤使用回避の通達が出されたのです(3)

―― 日本ではいかがだったのですか。

齋藤 2005年9月に長崎県で季節はずれのインフルエンザ流行がありました。私たちの調査で、このときの流行はアマンタジン耐性株によって起こったことが確認できました(4)。また、2005/06シーズン中に、宮城県、山形県、新潟県、群馬県、福岡県、長崎県の6県で調査を行ったところ、H3N2型の354分離株中231株にアマンタジン耐性株が見つかったのです。耐性率は65.3%と高率でした。これらの耐性株はすべてアミノ酸変異(S31N)を持っていました。

―― 中国や香港、それに米国、日本と、アマンタジン耐性株が高率に見つかったわけですね。H3N2型の市中株に限ってのことですが、なぜ、このように急激な伝播が起こったのでしょうか。

齋藤 その後の研究で、H1N1型でも耐性株を確認しました(図2)。図2では、日本のアマンタジンの使用量との関連性もみていますが、耐性株出現の2、3シーズン前に、200-300万人分がインフルエンザに対して使用されたと考えられます。しかし耐性が増える直前に使用量は減っています。このことは、少なくとも日本での薬剤使用量と耐性の高率出現は、関連性が無いということを示しています。同様に米国でもそれほど使用量は多くありません。しかし、中国ではSARS、鳥インフルエンザ以降に人と動物でのアマンタジン使用量が激増したと言われており、関連性が指摘されています。結果的には、アジアに端を発する耐性株が国際的に伝播し大流行したのだと考えられます。

 また、ウイルスに目を向けると、耐性化のための変異と強力な伝播力を獲得する変異が同時に起こったのだろうと推察しています。私たちのところで分子系統樹解析を行ったところ、耐性株では、HA遺伝子上の193番目塩基と225番目塩基の変異が共通していることを突き止めました(5)

図2 日本での薬剤使用量と耐性の高率出現(齋藤氏ら)

―― 耐性化の機序を解明できれば、耐性ウイルス対策は飛躍的に進むのではないでしょうか。

齋藤 まだ緒についたばかりですが、耐性化の機序を明らかにすることはとても重要と認識しています。

―― 今回のタミフル耐性では、ノルウェーの報告によるとH274変異耐性株だったことが報告されています(6)

齋藤 H274変異耐性株であれば、ザナミビル(リレンザ)やアマンタジンには感受性があります。図3は耐性化の機序を表しています。タミフルでは、ウイルスのノイラミニダーゼに結合する際に、結合部位のポケット形成を必要とします。H274変異の場合、このポケット形成を妨げることで、タミフル耐性を獲得しています。しかし、たとえばリレンザでは、ポケット形成が必要ないため、H274変異株でも感受性を持つのです(7)

図3 耐性化の機序(文献7をもとに作成)。ノイラミニダーゼ(NA)の活性部位は、オセルタミビルとの結合の際にポケットを形成するよう分子構造を変化させる。ポケット形成はE276が回転してR224へと結合することで生じる。R292、N294S、H274Yなどの変異はポケット形成を妨げる。ザナミビルはNAの変化を必要としない。

―― 薬剤耐性化の問題は、特に感染症においては常に付きまとうものです。今回のタミフル耐性の出現を機に、どのような対策を進めていくべきなのでしょうか。

齋藤 耐性のモニタリングを強化すべきです。それから、モニタリングの結果を臨床の現場にフィードバックする仕組みを整えることも重要です。ある薬について耐性ウイルスの出現が確認されたら、その規模などに応じて適応薬剤を明確にするなど、治療のガイドラインを示すことも求められます。その基本になるのは、「リスクの分散化」です。タミフル一辺倒という状況は、これを機に見直すべきだと思います。

―― ヨーロッパでは、タミフル耐性ウイルスの発見が相次いだのを機に、もう一つの治療薬であるリレンザの備蓄を強化する方針を打ち出しています。

齋藤 日本でも備蓄問題を見直す方針のようです。新型インフルエンザ対策では、薬剤耐性化の問題は重要です。新型の候補として可能性が高いとみられている鳥インフルエンザ(H5N1)においても、耐性化の問題が出ています。「リスクの分散化」の原点に立ち返って、対策を見直すべきではないでしょうか。

■参考文献
(1)Suzuki H,et al:Emergence of amantadine-resistant influenza A viruses: epidemiological study.J Infect Chemother. 2003;9(3):195-200.
(2)Bright RA, et al:Incidence of adamantane resistance among influenza A (H3N2) viruses isolated worldwide from 1994 to 2005: a cause for concern.Lancet. 2005;366(9492):1139-40.
(3)Bright RA, et al:Adamantane Resistance Among Influenza A Viruses Isolated Early During the 2005-2006 Influenza Season in the United States.JAMA. 2006;295:891-894.
(4)Saito R, et al:An off-seasonal amantadine-resistant H3N2 influenza outbreak in Japan.Tohoku J Exp Med. 2006;210(1):21-7.
(5)Saito R, et al:Amantadine-Resistant Influenza A (H3N2) Virus in Japan, 2005–2006.N Engl J Med. 2007;18;356(3):312-3.
(6)Lackenby A, et al:Emergence of resistance to oseltamivir among influenza A(H1N1) viruses in Europe.Euro Surveill 2008;13(5)
(7)Moscona A:Oseltamivir Resistance ― Disabling Our Influenza Defenses.N Engl J Med. 2005;353:1363-1373.

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