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特集 インフルエンザ 2007/2008

【専門家に聞く】(No.7)
「パンデミックになったら診療しないなんて悲しい」
WHOメディカルオフィサー 進藤奈邦子氏

■ 最後はやはり使命感か、サポート体制の議論も必要

-- 先生たちのWHOチームは、鳥インフルエンザだけでなく様々なアウトブレイクの現場に出向いているわけですが、危機に立ち向かっている現場の医師らは冷静に対応できているものでしょうか。

進藤 トルコでもそうでしたし、インドネシアもそうですが、その国々の医師は皆、一生懸命に患者を診ています。異常を察知する意欲も高いし、いつもとは違う症例を経験した場合には、直ちに地方衛生局や国に情報を伝えるという努力をしています。

 もちろん彼らだって、SARSのときもそうでしたが、目の前の未知の病気には「恐ろしい」という意識を持っています。自らが罹患してしまう危険が常にあるわけですから。それに罹ってしまった場合の保証もほとんど何もないわけですから。それでも「自分で自分を守りながらどうのように対応するのか」を考えて行動しています。

-- 危険な状況の中で、果たしてモラルを維持できるものなのか自問自答してしまいますが。

進藤 アフリカであったマールブルグ病のときは、医療スタッフが逃げ出してしまった事例がありました。目の前で次々に患者がなくなっていく。流行初期はマールブルグ病の感染による自然流産が多発しましたし、立ち会った医療スタッフが感染してしまった。医療従事者も何人もマールブルグ病に感染して命を落としていたのです。だから残された医療従事者のモラルは極めて低く、出勤しないスタッフもいて、病院にはほとんど医療スタッフが残っていない状況になってしまった。

-- それでも最後まで残って診療を続ける医師、あるいは医療スタッフはいるわけですよね。先生もその1人であるわけですが。最後はやはり使命感が現場に留まらせるのでしょうか。

進藤 私がモラルを維持できているのは、「今の幸せを実感できている」からだと思います。生きていることに対する感謝の気持ちでしょうか。SARSの際に同僚を失ったときなど、神経が磨り減ってしまいどうにもならなくなったこともありました。それでもなんとか乗り越えられたのも、今の生活というか生き方に自分自身が納得しているからだと思います。

 私たちWHOの医療チームは、初期の感染を押さえ込むことが主な任務ということで、「火消し役」あるいは「消防士の役割」の部分が強調されがちです。でも「種をまく」という大事な役割も併せ持っているのです。感染流行を封じ込めた後、現地の医師たち、医療従事者たちが危機に対応する自信を感じているのをみると本当に良かったと思います。達成感を感じるのもこのときでしょうか。

-- 日本でも、いつか必ずやってくる新型インフルエンザの出現に立ち向かう努力が続けられていますが、一方でパンデミック(感染爆発)が起こったら診療を止めるという議論があります。

進藤 日本の新型対策は、そこそこうまく進んでいるのではと思っています。かつては危機意識が足りないというか、のんびりしている感じがありました。地震にはあれほど敏感なのに、なぜなのだろうと考えたこともありますから。

 ただ診療拒否の議論は、まったく想定していなかったことです。医療現場の先生方からもうかがいましたが、パンデミックのときに患者の診療を拒否することは考えられないことです。こういう議論があるのかとびっくりしましたし、悲しくもなりました。パンデミックになったら、使える医療資源を総動員して対応しないといけないのです。「病気のことをよく知って、自分で自分を守りながらどうのように対応するのか」という議論なら分かりますが、診療しないというのは考えてもみなかったことです。

-- 新型対策ではガイドラインの作成、実行計画の立案など、国レベル、自治体レベルの対応は確かに進んでいるようにみえます。でも具体化の道筋がはっきりしていないのです。計画を実行する際の権限はだれが持ち、実際の発動はどうするのか、具体的に対策を動かすための全体像が分からないのです。加えて、総動員を期待されている医療の現場は、「医療崩壊」といわれるほどに疲弊しているという現状があります。「今でも寝る暇もなく診療にあたらざるをえない状況なのに、パンデミックになったら到底対応できない」という意見も少なくないのです。

進藤 私も日本での勤務医の経験がありますから、診療しないあるいは診療できないという彼らの心情は理解できます。疲弊しているというのも分かります。目の前の患者の診療をこなすので精一杯で、自分のことに割く時間がないのかもしれません。いつも仕事に追われていては、医師になった使命感というか、志なんかも薄れてしまうのかも。

-- SARSの際に同僚を失ったとき、先生はパニック状態になってしまったとうかがいました。WHOのサポートはあったのでしょうか。

進藤 ありました。カウセリングを受けました。回りが気づいて勧めてくれましたし、上司らも休むように指導してくれました。SARSのときは、東南アジアだけでなくカナダでも発生しましたから、アジアが夜になり東南アジアへの対応が済んだかと思うまもなく、今度は朝を迎えたカナダの対応に追われていました。そこに同僚の死があり、何がなんだか分からなくなってしまった。

-- そのような機関としてのサポートは、パンデミックに対応する日本の医師らにも必要なことだと思います。

進藤 パンデミックに総動員して当たるというのは、個々の医師あるいは医療スタッフらの身を守れた上で成り立ちます。そのための病院としてのサポートをどうするのか、その病院を自治体はどのように支えるのか。国はどこまで支援するのか。その当たりの議論は、もっと深めてもらいたいと思います。

【訂正】
2/27に以下の点を訂正いたしました。
・3ページ目で一部「SRAS」となっておりました。「SARS」の間違いでしたので訂正いたします。

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