「史上最悪のインフルエンザ」(A.W.クロスビー著)。副題は「忘れられたパンデミック」となっている。

■ 「忘れられたパンデミック」の悪夢

-- 2004年に、先生が翻訳を担当されたパンデミック対策のバイブル本とも言える「史上最悪のインフルエンザ」(A.W.クロスビー著)の日本語版が発行されました(写真)。スペイン・インフルエンザ(日本での旧来の俗称;スペインかぜ)が米国を中心にどれほどの猛威を振るったのかを歴史学的に分析したものです。その中で、著者のA.W.クロスビー氏は日本語版への序文で寺田寅彦氏(物理学者で随筆家、1878-1935年)の次の言葉を紹介しています。

西村 原著との出会いは1996年です。米疾病制御予防センター(CDC)への留学を終え帰国するころでした。原著の初版が出てから20年の月日が経っていました。当時、1918年のパンデミックのことはあったことぐらいしか知らなかったのです。本の中で展開される詳細なパンデミックの事実に、非常にショックを受けました。もし近い将来、同じようなパンデミックが起きたらという危機感を強く抱いた覚えがあります。

-- その危機感があったからこそ、日本語版へつながっていったのですね。

西村 原著のことは日本ではほとんど知られていなかった。これは驚きでした。だからだれかが日本に紹介すべきと思いました。だれもやらないなら自分がやるしかないと。結局、7年の月日をかけてようやく出版にいたりました。

-- リスク・コミュニケーションの第一歩は、この本を読み干すことから始まるのではないかと感じました。副題に「忘れられたパンデミック」とありました。これがとても印象に残りました。

西村 忘れてはいけないのです。パンデミックが起こった時に、人々が翻弄されたのか、そしてそれにどのように立ち向かったのか。その事実を知らないといけないのです。A.W.クロスビー氏の原著は、「America's Forgotten Pandemic」(1989年に改題。もともとは「Epidemic and Peace, 1918」)です。クロスビー氏は改題の序文でこう結んでいます。「どうして我々はあのパンデミックのことを、あれほどまでに忘れられるのか理解に苦しむ」。

-- 次世代に伝えていく努力が必要です。新型インフルエンザと対峙する上で、「忘れられたパンデミック」をしっかりと振り返る必要があります。

西村 たとえば1999年に米国のある放送局が、1918年当時の映像と生き残った人々の証言、さらにはA.W.クロスビー氏らへのインタビューを交えた番組を作っています。日本では、こうした取り組みが見当たりません。

-- 当時の内務省衛生局が大正10年にまとめた「流行性感冒」と題する報告書ぐらいでしょうか。