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特集 インフルエンザ 2007/2008

【専門家に聞く】(No.5)
第一線の医師が倒れたら打つ手がなくなる
福岡県赤十字血液センター所長 柏木征三郎氏

-- これまでに、どのような点が明らかになっていますか。

柏木 まず年齢別の症例数ですが、WHOに報告された感染確定症例数をみると、10~19歳にピークがあり、比較的若い人たちが罹患しています(図3)。死亡例も若い年代に多く、10~19歳は77例中58例が死亡しています。死亡率は75%という高率です。

図3 高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)に感染した人の年代別症例数(WHOに報告された感染確定症例数。トルコの12例を除く315例。2003年12月1日~2007年8月31日)

-- なぜ10代が高率なのでしょうか。

柏木 主として鶏の世話をしているのが彼らだからです。H5N1に感染した家禽類と接触する機会が多いため、高率なのです。ご存知だと思いますが、H5N1の人への感染例が多いインドネシアをはじめとする東南アジアでは、家禽類とともに暮らすというのが普通です。人への感染はこういった生活環境があって起っているわけです。

-- 人から人への感染例はありますか。

柏木 明らかに人から人への感染が疑われる事例としては、ベトナム、タイ、インドネシアで、濃厚接触による3件が報告されています。また、インドネシアの北スマトラの一農村であった家族内集積事例が報告されています。いずれも、濃厚である程度の期間持続する接触があれば、感染が起こりうると考えられています。しかし、これまでのところは効率的で持続的なヒト-ヒト感染の証拠はありません。

-- H5N1に感染した人の臨床症状から、どのような特徴が明らかになっていますか。

柏木 1997年に香港で発生した症例をまとめた研究があります。それによると、死亡した6例は、いずれも肺炎を合併していました。6例中5例に多臓器不全、1例に全身性エリテマトーデス(SLE)と肺炎が確認されています。多臓器不全の5例では、早期にリンパ球減少がみられ、血清トランスアミナーゼ値の上昇、凝固時間延長が認められました。後期には腎不全を起こしています。また、多臓器不全の剖検(2例、13歳女性、25歳女性)からは、骨髄やリンパ節、脾や肺、肝臓に血球貪食を示すヒスチオサイトーシスを認めています。2例とも、SIL-2R、IL-6、IFN-γの値が高いことも特徴でした。重症例として、血球貪食症候群があったことも特徴の1つです。

-- H5N1ウイルスの特徴はいかがですか。

柏木 Menno D de Jongらの研究(Nature Medicine,12;1203-1207,2006)によると、咽頭から7.0(4.3-8.2) log10 copies/mlという大量のウイルスが見つかっています(表1)。H3N2やH1N1の場合で4.8(4.2-5.8)log10 copies/mlですので、有意に多いことが分かります(p=0.003)。また、直腸にも4.8(3.6-5.8)log10 copies/mlという大量のウイルスを認めました。血液中にもウイルスを認めています。

表1  人に感染したH5N1ウイルスの特徴(出典;Menno D de Jong et al,Nature Medicine,12;1203-1207,2006

-- 咽頭に桁違いの量のウイルスが見つかっていること、あるいは直腸からも大量のウイルスが見つかったことなどは、新型インフルエンザのウイルス像を理解するうえで貴重な知見だと思います。

柏木 H5N1ウイルスの特徴が新型インフルエンザのウイルスにどこまで引き継がれるは不明ですが、咽頭に桁違いのウイルス量が見つかる点や直腸、血液中からも見つかることは、かなりのインパクトを持っています。そこから現れてくると思われる臨床症状を見極め、有効な対策を立てていくことが重要になります。

-- 咽頭に桁違いのウイルス量を認めるということは、咳などの症状を想定できます。また、直腸にもウイルスが見つかるということは、下痢などという症状として現れてくるのかもしれません。

柏木 通常のインフルエンザとは様相が異なる場合、新型インフルエンザを疑うべきですが、H5N1ウイルスの特徴も参考にすべきだと思います。

-- 対策面についてうかがいたいと思います。

柏木 1人の患者から感染し発症する二次患者数を「Ro」で表しますが、この数字を可能な限り少なく抑えることが対策の目標になります。タイ(人口8500万人)の事例ですが、何も対策を打たなかった場合、Ro=1.5では、60~90日以内にタイ全土に新型インフルエンザの流行が拡がってしまいます。ピークは150日後で、その時点で33%が感染してしまいます。Ro=1.8の場合は、ピークは100日後で、この時点で50%が感染するのです(Ferguson NM,et al:Nature 437;209-214,2005)。

-- 新型インフルエンザでは、急速に、あっという間に流行が拡大する恐れが指摘されています。医療機関からみれば、ある時、それまでに経験したことがなかったほど多くの患者が一挙に押し寄せるという状況が想定されます。地域の診療所、あるいは病院などは、個々に対応していては、すぐにパンクしてしまう危険があります。

柏木 わが国における新型インフルエンザ対策は、国あるいは自治体レベルの取り組みが始まっています。しかし、地域医療を支えておられる診療所の先生や地域病院の方々への支援という点では、まだまだこれからという状況ではないでしょうか。

 国のまとめた対策では、早期対応戦略として、患者が接触した人、特に同居者への抗インフルエンザ薬の予防投与が挙がっています。防御していない医療従事者や患者の搬送担当者、汚染物質の接触者(検査従事者、清掃作業者)、さらには、患者が通う施設に属するすべての人、あるいは直接対面した接触者(手で触れることや会話することが可能な距離での接触)も予防投与の検討対象になっています。私は、これらはすべて必要だと思います。特に医療従事者への予防投与は、必須である点を強調したいと思います。

-- 診療所や地域の病院などの第一線で、医師をはじめとする多くの医療従事者が、新型インフルエンザと立ち向かうことになるわけです。そこへの支援が考慮されていないということですか。

柏木 新型インフルエンザ対策としては、H5N1の診断が可能な迅速診断キット、抗インフルエンザ薬による治療および予防、さらにH5N1抗体マスクの装着、インフルエンザワクチン接種の4点が必須です。これらの準備や備蓄の点で、診療所や地域の病院を支える対策を打ち出して欲しいのです。

 抗体マスクについては、ダチョウの卵を使って大量に速やかに抗体を生産する技術が実用化されつつあります。また、ワクチンの開発も精力的に進められています。新型インフルエンザのワクチンが地域医療の現場に間に合うまでの間、立ち向かうための手段はH5N1抗体マスクや迅速診断キット、抗インフルエンザ薬になるわけです。その準備のために診療所や病院を支援することは、国全体の新型インフルエンザ対策にとって欠かせないことだと思います。

-- 抗インフルエンザ薬としては、オセルタミビルのほかに、ザナミビルの備蓄も検討されていますが、先生はどのようにお考えですか。

柏木 オセルタミビルの耐性化のことを考えると、ザナミビルの備蓄も必要だと思います。特に、耐性ウイルスと対峙する可能性の高い医師や医療従事者に対しては、ザナミビルの予防投与を考慮する必要があります。

-- 第一線の医師、医療従事者を支援する視点が必要であることがよく分かりました。

柏木 新型対策とはちょっと離れるかもしれませんが、医療崩壊は今や現実のことです。私が勤務したことのある地域中核病院でさえ例外ではありません。今、実際に医師の補充ができない状態に陥っているのです。地域の医療体制が崩壊していては、いくら立派な新型対策があっても実効性に乏しいことになります。地域医療の崩壊を食い止める方策が急務です。そうしないと新型対策は、それこそ絵に書いたもちでしかありません。第一線の医師らが倒れたら対策の打つ手がなくなるのです。

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