日経メディカルのロゴ画像

2008. 9. 2
効果的なCOPD薬物療法の実現に向けて
病態や重症度のより的確な評価を
東京女子医科大学第一内科学主任教授 永井厚志氏に聞く

東京女子医科大学第一内科学主任教授の永井厚志氏

 本邦で実施された疫学調査「NICE studyNippon COPD Epidemiology study)」の結果から、日本人の慢性閉塞性肺疾患COPD; Chronic Obstructive Pulmonary Disease)罹患者は約530万人と推測されている。しかし、実際に治療を受けている患者数は22万人余りと、両者の数は大きく乖離している。COPDは治療することなく放置しているとQOLが低下し、最終的には死に至る可能性がある。それにもかかわらず、COPDに対する治療が普及していない背景と薬物治療の基本的な考え方、今後の課題などについて、東京女子医科大学第一内科学主任教授の永井厚志氏(写真)に解説していただいた。

―― 本邦におけるCOPDの診断率は低いといわれています。どのような理由が考えられますか。

永井 COPDと診断するためには疾患の定義上、気流閉塞(閉塞性換気障害)という呼吸生理学的な障害を有することが必須となります。しかし、この気流制限は、呼気時のみ空気が出にくくなるだけで、吸気時は特に問題がないという病態です。そのメカニズムを正確に理解するには物理学的な知識が欠かせず、専門でない先生方はややとっつきにくい印象を抱かれるようです。もちろん他にも理由はあるでしょうが、COPDに対する理解が進んでいない理由の1つでしょう。

 そこで、現在の診断基準はそうした理屈に深く踏み込まず、スパイロメトリーという検査で気流閉塞の程度を評価しています。具体的には、患者さんが最大限に吸気したときの肺活量(FVC)と、その空気を1秒間にどれぐらい呼気できるかを示す1秒量(FEV1)との比である、1秒率(FEV1%=FEV1÷FVC×100)を用います。このFEV1%が気管支拡張薬吸入後に70%未満であればCOPDと診断することになっています。

COPDは気道可逆性疾患で、予防と治療が可能

―― COPDをどのような疾患と理解すればよいのでしょうか。

永井 高血圧や脂質異常症、あるいは糖尿病などと同じように、生活習慣病の1つとしてとらえればよいと思います。癌のように致死的な疾患ではないが、そのまま放置していると呼吸器症状などが悪化していく可能性が高いと認識すべきです。生命予後に大きな影響を与える可能性があるので、特に若年・中年層では積極的な治療を行う意義はあると思います。

 また、COPDの病態には非可逆的な部分と可逆的な部分があるとよくいわれますが、可逆性疾患であることを理解していただきたいと思います。COPDの細気管支は確かに硬化していますが、抗コリン薬やβ2刺激薬の使用で気管支は拡張し、COPD患者の半数以上がFEV1200mL(FEV1%だと12%程度)以上改善されます。すなわち可逆性があるわけです。

 しかし、COPDという疾患概念が提唱された当初は、非可逆的な側面も強調されていたため、そのイメージがいまだに根強く残っているように感じています。現在、GOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)という国際的なガイドラインでは、COPDを「preventable and treatable disease」と説明しています。100%正常には戻り得ないかもしれませんが、あくまで可逆性疾患ですので、予防と治療が可能だという考え方に立って日常診療に当たっていただきたいと思います。

―― COPDの薬物治療についてお聞かせください。

永井 COPDの薬物療法は現在、気管支の拡張、急性増悪の抑制、ADLおよびQOLの改善、そして予後の改善という4つの観点から治療薬を選択するように変わってきています。

 治療薬の中心となる気管支拡張薬については、従来は抗コリン薬や短時間作用型のβ2刺激薬が使われていました。しかし、GOLDの2003年版が公表されてからは、長時間作用型の気管支拡張薬が汎用されるようになっています。その理由として、治療効果が得られること、1日の服用回数が1回か2回で済むため患者さんの負担が少ないことが挙げられます。

 しかし、より重要なことは、気管支拡張薬の中に抗炎症作用や感染症抑制作用を期待できうる薬剤があることが、近年発表された複数のスタディで示されたことです。

UPLIFT試験でCOPDの治療方針が変わる可能性も

―― 治療薬の選択について、もう少し詳しく説明していただけますか。

永井 日常臨床においては、COPDに喘息の病態が併存している患者さんが2〜3割存在します。そこで、気管支拡張と気道の炎症抑制を同時に求めるのであれば、長時間作用型β2刺激薬(LABA)と吸入ステロイド薬(ICS)の合剤や長時間作用型抗コリン薬が適しています。テオフィリン薬は抗炎症作用も期待できるので、選択肢の1つになり得ます。

 ただし、感冒などの気道感染症がCOPDの増悪因子であることを考慮すると、ステロイドが含まれる合剤は感染症のリスクを念頭に置かねばなりません。そこで、喘息の要素がないCOPDへの対応であれば、長時間作用型抗コリン薬が第1選択となり、以下、LABA/ICS合剤、β2刺激薬、テオフィリン薬の順になるとの考えもでてきます。

 COPDはchronic disease(慢性疾患)とよくいわれていますが、むしろcomplex disease(複合疾患)としてとらえるべきです。したがって、患者さん個々の気流閉塞の状態と局所病変の違いを考慮した、テーラーメイドの考えに基づいた治療がより必要な疾患といえるでしょう。

―― 先ほど第1選択として挙げられた長時間作用型抗コリン薬ですが、その1つであるチオトロピウムの呼吸機能と生命予後における改善効果を検討した、UPLIFT試験の結果がこの10月に発表される予定です。この結果は臨床にどのように影響するでしょうか。

永井 UPLIFT試験は、日本を含む37カ国から約6000人が参加した大規模な臨床試験です。チオトロピウムが予後改善に寄与するとのデータが得られれば、臨床に与える影響は大きいと思います。

 抗コリン薬の予後改善効果については、様々な推測がありますが、気管支拡張作用とともに抗炎症作用を示唆する報告もあります。私は抗コリン薬の気道分泌抑制効果にも注目しています。COPDの死亡例を剖検すると、ほぼ間違いなく分泌物による末梢気道の閉塞が観察されます。したがって、気道分泌の抑制や組織構造そのものの回復を期待できる薬剤があれば、予後改善の道が開かれることになります。

 私たちは、抗コリン薬が気道分泌低下と上皮細胞の正常化に作用することをin vivo、in vitroで確認しています。UPLIFT試験で、チオトロピウムが予後改善に寄与することが立証されれば、この薬剤が有する気管支拡張作用以外の作用に注目が集まるきっかけになると思います。

COPDの病態や重症度をより的確に評価する手法を

―― COPD治療の課題については、いかがでしょうか。

永井 診断基準に検討の余地があると考えています。現在はFEV1%が70%未満か否かで判断していますが、70歳くらいになると、自然経過として、つまり加齢に伴って、FEV1%が70%を割ることは決して珍しくありません。COPDに罹患していなくても、勢いよく息を吐き出しにくくなる人も少なからずいるからです。反対に、COPDによりFEV1が減少しても、同時にFVCも低下すれば、FEV1%は70%未満に低下しないケースもあります。すなわち、現行の診断基準には、不確実な要素があるわけです。

 もっと大きな問題は、FEV1%が低値でも、自覚症状がまったくない患者さんが存在することです。COPDは喘息のように発作性の疾患ではないので、検査数値のみで個々の呼吸困難度や併存疾患の程度を正しく把握するのは困難です。特に、日常の活動性が低い場合は、患者さんは息苦しさをあまり感じないまま過ごすことができます。

 逆に、息苦しいという自覚症状があっても、FEV1%が低下していないこともあります。例えば、肺気腫病変により、肺拡散能力(肺胞から血液中に酸素を取り込む能力)そのものが低下していたり痰が喀出しにくくなっていると、気流閉塞がなくても息苦しさを感じるからです。

 現行のFEV1%を用いる診断法は簡便でわかりやすいのですが、先ほど説明したようにどうしても不確実性を伴います。そのため、自覚症状がまったくない患者さんに治療を勧める否か、臨床医は難しい判断を迫られることになります。

―― どのような対応が考えられるでしょうか。

永井 COPDの重症度をより明確にできる指標がほしいと考えています。例えば、呼吸機能検査とSGRQ問診表(St. George Respiratory Questionnaire)などを併用することも一案でしょう。

 まだアイデアの段階ですが、指先で血中の酸素濃度を測定できるパルスオキシメーターを活用するという方法は検討の価値があると思います。呼吸機能の低下は血中酸素濃度の低下につながります。例えば、軽い運動などで負荷をかけ、血中酸素濃度が正常値に戻る時間をパルスオキシメーターで観察するのです。そのとき、正常に回復するのに時間がかかれば、呼吸機能がより低下している、つまり重症度が高いことが分かります。

 このように血中酸素濃度の低下の程度やその回復の様子などをみれば、常用の長時間作用型抗コリン薬のほかに、運動する前に短時間作用型の薬剤を頓服するよう指示しておくなど、よりきめの細かい薬物療法が可能になるかもしれません。これは、糖尿病患者における血糖値のコントロールに似た発想です。

 こうして複数の検査法を組み合わせて病態をより正確に評価することが、患者さんの個性に応じたCOPD治療を実現するものと期待しています。

(日経メディカル開発)

この記事を読んでいる人におすすめ