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2008. 8. 12
COPD治療のパラダイムシフト
生命予後の改善を目指した薬物治療へ
北海道大学大学院呼吸器内科学教授 西村正治氏に聞く

北海道大学大学院呼吸器内科学教授の西村正治氏

 慢性かつ進行性の気流制限を特徴とする慢性閉塞性肺疾患COPD; Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は長年、効果的な治療法が存在しない疾患と理解されてきた。しかし近年は、気管支拡張薬吸入ステロイド薬などの投与により、呼吸器症状の改善、急性増悪や呼吸機能低下の抑制などが期待できることが国内外で報告されている。さらに、生命予後の改善を見据えた薬物療法の可能性も示唆され、大きな変革期を迎えているCOPD治療の最新トピックについて、北海道大学大学院呼吸器内科学教授の西村正治氏(写真)に聞いた。

―― COPDの治療に対する考え方が、ここ数年の間に大きく変わったといわれています。どのような変化があったのですか。

西村 これまで多くの臨床医の間では、COPDの病態は肺気腫が主体のため肺組織が壊れた状態であり、治療の手立てがない疾患と考えられていました。つまり、病態の非可逆的な部分にばかり目が向けられ、喘息のように治療によって呼吸機能の改善がみられることはないと認識されてきたわけです。

 ところが、米国国立心肺血液研究所(NHLBI)と世界保健機関(WHO)のサポートにより作成されたガイドラインであるGOLD(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease)が2001年に発刊され、COPD治療の新たな方向性が示されました。具体的には、COPDを非可逆的な病変と可逆的な病変が併存する病態ととらえ、可逆的な部分に最大限の治療を施せば、完全に元に戻ることはないとしても、患者さんのQOLをかなり改善できるという考え方です。実際、呼吸器専門医の多くはそのころから、そうした視点に立った治療を行ってきました。

 最近になって、治療に関する考え方がさらに進展しています。それは薬物療法によって、年単位で起こる呼吸機能の低下を遅延させ、ひいては生命予後も改善しようというものです。すなわち、慢性疾患としての自然経過を薬物療法で改善しようと考えるようになったことが、最大の変化だと思います。

呼吸機能低下の抑制効果を検討しているUPLIFT試験

―― そうした治療の方向性を支持する近年のエビデンスについて、説明して下さい。

西村 例えば、昨年発表されたTORCH試験が挙げられます(N Engl J Med 2007;356:775-789)。この試験は、約6000人の中等症以上のCOPD患者をプラセボ群、吸入ステロイド薬のフルチカゾン群、長時間作用型β2刺激薬(LABA)のサルメテロール群、吸入ステロイド薬/LABA併用群の4群に無作為に分け、3年間にわたってCOPD患者の生命予後を検討したものです。その結果、吸入ステロイド薬/LABA併用群で、COPD患者の予後を改善することはぎりぎり証明できませんでしたが、急性増悪の有意な抑制が示されました。

 PEACE試験も注目されます(Lancet 2008;371:2013-2018)。これは、本邦では去痰薬として使用されているカルボシステインのCOPDへの効果を検討した試験です。約700人のCOPD患者を対象に中国で行われたプラセボ対照の二重盲検比較試験で、COPD患者の急性増悪を有意に抑制したとのデータが得られました。

 また、あくまでTORCH試験のサブ解析結果ですが、吸入ステロイド薬/LABA併用による薬物治療が呼吸機能(1秒量)の低下を有意に抑制したことが今年発表され、COPD患者の自然歴に影響を与える可能性が示唆されました(Am J Respir Crit Care Med 2008;178:332-338)。

 COPDにおける薬物治療の目標は単なる症状改善にとどまらず、急性増悪の抑制、呼吸機能そのものの低下抑制、あるいは生命予後の改善にシフトしつつあり、そうした視点に立った治療が求められるようになってきています。

―― 呼吸機能低下の抑制を直接見据えた検討も進められているのでしょうか。

西村 これまで、禁煙療法を除き、COPD患者における呼吸機能の経年的低下を薬物治療で抑えることができるという明確なエビデンスはありませんでした。実は、先ほど説明したTORCH試験もプライマリーエンドポイント(1次エンドポイント)が全死亡であり、呼吸機能ではありません。

 しかし、呼吸機能の経年変化に対する効果をプライマリーエンドポイントとした、大規模臨床試験としては世界で初めての検討が2003年から行われており、その結果が今年10月に欧州呼吸器学会(European Respiratory Society)で発表される予定です。これはUPLIFT 試験と呼ばれており、2003年に改訂されたGOLDで慢性安定期におけるCOPD治療の新たな推奨薬となった長時間作用型抗コリン薬チオトロピウムの効果を調べています(COPD 2004;1:303-312)。もし4年間にわたり呼吸機能の悪化をチオトロピウムが抑制することが明らかになれば、これまでとは異なる観点からCOPDにおける薬物療法に目が向けられるようになるでしょう。

明らかに見逃されているCOPD患者

―― COPD治療に進展がみられる一方で、治療されないまま放置されている患者さんが非常に多いことも指摘されています。その理由をどのようにお考えですか。

西村 肺炎や肺がんで入院される患者さんの中に、COPDとの診断を受けておらず治療されていなかったと考えられるケースが多々みられます。COPDが見逃される大きな理由として、患者さんが静かに暮らしていれば、喘息のような発作が起きにくいという疾患の特性が挙げられます。

 つまり、COPDは呼吸機能が低下しても重症化するまでは、強い運動をしたり、肺感染症に罹患したりしない限りは目立たないからです。日本人のCOPD患者は70歳前後でようやく診断されることが多く、それまでは日常の活動性が少しくらい低下しても加齢のためと思われがちで、家族なども呼吸機能が落ちていることになかなか気づかないのではないでしょうか。また、呼吸機能の低下を自覚しても、それを隠すためにライフスタイルを変えて、外出を控えるようになる患者さんもいます。そうすると、やはり周囲の人は気づきにくくなります。

―― どうすれば、COPD患者さんを見つけ出すことができるのでしょうか。

西村 COPDになるリスクの高い人、すなわち中・高年者で喫煙歴が長い人に対して、スパイロメーターを用いて呼吸機能検査を行えば、簡便に診断できます。ただ、一般臨床医の間にスパイロメーターがそれほど普及していないことが、診断を遅らせる一因になっていることも事実です。特に近年のCOPDでは、咳や痰といった典型的な症状を呈する患者さんは昔に比べると少なくなっているので、呼吸機能検査の普及が求められます。したがって、特定健康診査や人間ドックの検査項目の1つに、呼吸機能検査をぜひとも取り入れてほしいとも考えています。

 また、COPDを基礎疾患として有する肺炎や急性気管支炎患者さんに対し、急性症状の治療だけを行う、つまりレントゲンの陰影、血液検査の炎症所見、咳・痰の臨床症状がなくなれば治療を終えている例も少なくありません。COPDは呼吸機能検査による評価が必須であり、レントゲン所見や血液検査だけで呼吸器疾患をすべて診断できるわけではないことを認知していただく必要があります。このことは肺炎や気管支炎の再発予防のためにも大切です。

―― COPDは日本人の死因では10位と、さほど多くはないようですが?

西村 確かに10位ですが、2007年の死亡者数は1万5000人弱であり、決して少なくはないと思います。それに、肺炎や肺がんで死亡している人の中に相当数の“隠れCOPD”患者さんがいます。私どもの病院に肺炎や肺がんで入院した患者さんの中には、COPDであるのにそれまで診断されていなかったケースは少なくないからです。したがって、COPDを軽視するべきではありません。

 欧米人を対象に実施されたTORCH試験では、心血管疾患による死亡と呼吸器疾患による死亡がほぼ同数でした。その背景には喫煙が考えられます。喫煙はCOPDと心血管疾患に共通するリスクファクターですから、喫煙習慣のある人がCOPDと診断されれば心疾患を有する可能性もあるというメッセージだと思います。ただ、あくまでも欧米人の傾向であって、虚血性心疾患がもともと欧米より少なく、肥満度も低い日本人の場合は、急性増悪の結果としての肺感染症と肺がんによる死亡が多いと考えています。

COPDの早期発見・早期治療に努めるべき

―― COPDの早期発見と早期治療により、肺炎や肺がんなどの発症リスクや死亡者数を減少させられるのでしょうか。

西村 それを明らかにしたデータはまだありませんが、その可能性は十分にあると思われます。実は現在、私どもの施設では約300人のCOPD患者を対象にコホート研究を実施しており、半年ごとに呼吸器機能検査と1年ごとにCT検査を行っています。追跡期間は少なくとも5年間を予定しており、日本人のCOPD患者における自然歴を明らかにできるのではないかと考えています。

―― COPD治療における薬物療法の可能性と今後の課題についてお聞かせください。

西村 現状では、壊れた肺組織を完全に元の状態に戻せないことは既に述べたとおりです。しかし、気管支拡張薬などを適切に投与することで、見違えるように呼吸が楽になったり、自宅で静かにしていた患者さんが外出できるようになるといった、QOLが著明に改善される例はかなりあります。

 これも繰り返しになりますが、基本的に治らないと考えられていたCOPDが2006年に改定されたGOLDガイドラインでは「予防と治療が可能な疾患」に位置づけられていることを、ぜひともご理解いただく必要があると考えています。そういう意味でも、呼吸機能(1秒量)低下の抑制効果をプライマリーエンドポイントに設定しているUPLIFT試験は注目に値します。

 スパイロメーターによる呼吸機能検査を普及させることも非常に大切です。呼吸機能は健常者でも加齢によって少しずつ低下しますが、喫煙や疾患によりその低下速度が加速されます。そのため、患者さんは呼吸機能の低下を加齢のためと認識しがちですので、同姓・同年代と比べて優れているのか劣っているのかを明らかにする必要があります。そこで、一般の方々が理解しやすいように、日本呼吸器学会によりスパイロメーターの結果を「肺年齢」という指標で説明する工夫がなされていますので、実地臨床で活用していただきたいと思います。

 治療可能なCOPDを決して放置しないように、早期発見・早期治療を心がけることが医療者としての責務ではないかと考えています。

(日経メディカル開発)

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