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《Beyond Healthより》
国も自治体も企業も注力、人生100年時代を支える健康データ活用のいま
産官学のプレーヤーが取り組み報告とディスカッションを展開

 2021年10月11~22日にオンライン開催された「日経クロスヘルス EXPO 2021」。同21日には「産官学で進める予防・健康づくり」とのテーマでパネルディスカッションが繰り広げられた。登壇者は以下の通り。

【パネリスト】
・厚生労働省 保険局 医療介護連携政策課長 水谷忠由氏
・経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課長 稲邑(いなむら)拓馬氏
・日本生命保険 営業企画部 ヘルスケア開発室 ヘルスケア開発上席担当部長 浦中麻由良氏
・岩手県矢巾町 企画財政課長 兼 未来戦略室長 吉岡律司氏

【モデレーター】
・東京大学 高齢社会総合研究機構長 未来ビジョン研究センター教授 飯島勝矢氏

 セッション前半では登壇者がそれぞれの取り組みなどを紹介、後半ではディスカッションを行った。以下、セッションの様子をお届けする。

いよいよ始まったマイナンバーカードの保険証利用、一気通貫のデータ基盤構築を加速──厚生労働省・水谷氏

 セミナー前日の2021年10月20日から、マイナンバーカードの保険証利用が本格的にスタート。全国の医療機関、薬局に設置した顔認証付きの専用カードリーダーを通じてオンライン資格確認が可能となった。2021年10月10日時点での準備完了施設は全体の7.9%にとどまるが、カードリーダーの申し込み数は56.2%となっており、今後の拡大が見込まれる。

 これは、国が主導する国民のPHR(Personal Health Record)構築の第一歩となるものだ。水谷氏は「第一義的には医療従事者の事務処理軽減があるが、それ以上に大きなメリットは“より良い医療につながる”仕組みということ」と説明した。現時点で、システム上には資格情報、処方された薬剤情報、40歳以上は特定健診(メタボ健診)情報などを保存。国民はマイナポータルを通じてそれら自己のデータを見ることができるので、曖昧な記憶に頼る必要がなくなる。また、医療機関の側も、患者の同意があればこれらのデータの閲覧が可能なため、より適切な診療や検査・指導などにつなげられる。

 今後はシステムに載せる対象情報を順次広げる。2022年夏をメドに手術、移植、透析、医療機関名を追加。2023年1月には電子処方箋システムを搭載し、リアルタイムでの薬剤情報共有を図る。そのほか、個人が閲覧・活用できる健診の拡大も予定する。

 「これにより、医療を受ける際のデータヘルス基盤が構築される。また、マイナポータルを通じて健診結果を振り返ることで、個人が健康データを確認するオーナーシップを定着させたい。将来的に民間企業がAPI連携できるようにすれば、医療のみならず、前段階の予防・健康づくりの場面においても活用可能性が広がる。もちろんセキュリティを担保しながら情報を開放するのが大前提だが、民間企業が健康情報を活用したさまざまなサービスを提供することも狙いの1つだ」(水谷氏)

 これに加え、2009年から開始したレセプト情報を格納するNDB(National Database)の利用価値にも言及。規制緩和とクラウド化により、自治体、研究者、民間企業といった第三者のデータ利活用、ほかのデータベースとの連携を促進するビジョンを披露した。水谷氏は「データができる限り紐づいた形で、我々が何ができるのかを考える基盤を作っていきたい」と語った。

医師は日常的なPHRを望んでいる、まずは民間のルールづくりを整備──経済産業省・稲邑氏

 稲邑氏は産官のつなぎ役としての立場から、PHR活用に向けての経済産業省の動きを報告した。水谷氏が話したように、今後は個人がスマートフォン(スマホ)やPCによって気軽に健診情報、薬剤情報、あるいはレセプト情報をマイナポータルで閲覧・確認できるようになる。これは言わば、公的なPHRである。

 一方、市中にはスマホアプリやウエアラブルデバイスを活用したヘルスデータ取得サービスが乱立しており、睡眠、歩数、食事、心拍数などが計測できる。本質的なPHR活用の普及・推進を目指すには、これらのライフログデータとマイナポータル情報とのシームレスな連携が不可欠となる。そこで2021年4月、総務省、厚労省、経産省が共同で民間事業者が遵守すべきルールの指針を策定。API連携によるデータ活用の道筋を整備した。

 「具体的には、API連携時における第三者認証の取得、利用目的をわかりやすく通知した上での同意の徹底、民間サービス終了時の健診情報のエクスポート機能の確保などだ。この指針を遵守したサービスの登場を期待している」(稲邑氏)

 みずほ銀行の調査によれば、実に9割の医師が診療時における日常的なPHR活用を望んだという。ただしデータ取得の標準化がなされておらず、データの信頼性が確保されていないことが課題として残る。「民間事業者が中心となった標準化やルールづくりは急務。我々も民間と連携しながら環境整備を進めていく」(稲邑氏)。

万が一のセーフティネットに限らない、予防も保険会社の領域になる──日本生命・浦中氏

 日本生命では2021年〜2023年の中期経営計画において、ヘルスケア事業を新規事業の第1の柱と位置づけた。

 「セーフティネットという従来の役割に加え、リスクを抑えるヘルスケアサービスをあわせて提供してこそ人生100年時代の社会インフラになる。この融合により、公的医療の補完的機能を担う生命保険会社に求められる社会的役割を発揮できる」(浦中氏)

 保険金支払いが顧客との主なタッチポイントだった同社にとって、日常的な接点を築くことができるのも利点となる。「顧客の健康データを活用することで、中長期的に保険事業、ヘルスケア事業双方の高度化につながる」と浦中氏は話す。

 先駆けとして、2018年4月から「Wellness-Star」(ニッセイ健康増進コンサルティングサービス)を開始。当初は企業や健保組合の組織課題を見える化するデータ分析サービスが中心だったが、現在はラインナップを拡充。予防関連サービスでは、主に保険者・自治体むけに「糖尿病予防プログラム」、企業・団体向けに「血糖変動チェックプラン」を提供する。

 糖尿病予防プログラムは、血糖変動のセルフモニタリングと、保健指導による生活習慣改善プログラムから成る。糖尿病予備軍が対象で、特定保健指導の実施要件も充足している。ICT機器から取得したバイタルデータをもとに、保健師がオンラインで3カ月間の生活習慣改善指導を実施して行動変容を促す仕組み。プログラムは傘下の日本生命病院(大阪市)と共同開発したもので、「医学的な知見と豊富なノウハウを盛り込んだ点が他事業者との差別化要因」(浦中氏)だとする。

 血糖変動チェックプランは糖尿病予防プログラムの簡易版で、セルフモニタリングが中心。糖尿病治療中の人以外であれば誰でも利用でき、専用サイトから日本生命病院の医師による健康アドバイスの配信や個人向け総括コメントなどが提供される。

 日本生命は現在、全国38都道府県と包括連携協定を結んでいるが、糖尿病をはじめとした生活習慣病予防は健康増進に関する包括協定のメーンテーマとなっている。浦中氏は「誰もが健康であり続けたいと思う中、日本生命はその願いを行動に変えるきっかけを提供したいと考えている。ただ、ヘルスケア領域は民間企業だけではできることが限られおり、産官学のパートナーとの共同連携が必須。アライアンスも強化した上で新しいサービス開発に努めていく」と展望を語った。

扶助費が小さな町を圧迫、強烈な危機感から始まった健康増進のまちづくり──岩手県矢巾町・吉岡氏

 盛岡市の南に位置する岩手県矢巾町。人口約2万7千人の小さな町ながら、岩手医科大学、岩手医科大学附属病院を有するメディカルタウンでもある。しかし、同町職員の吉岡氏は町の行く末に大きな不安を感じていたという。

 「矢巾町の財政規模は約100億円。そのうち扶助費が25億円に上る。さまざまな因子を勘案すると、2040年には扶助費が30億円を超えてしまう。これを解決するためには町民自体が健康になることが大前提と考えた」(吉岡氏)

 解決策として矢巾町はウエルネスタウン構想を推進。2020年には日本調剤、タニタヘルスリンク、テクノジムジャパン、ドリームゲート、岩手医科大学と包括協定を締結し、岩手医科大学附属病院の敷地内にメディカルフィットネスジムの「ウェルベース矢巾」を開設した。メディカルフィットネスとは文字通り、医学的知見を取り込んだフィットネスを指す。「高度病院であると同時に町民が元気になる場所であってほしい。地方創生の意味合いもある」(吉岡氏)。

 さらに内閣府が主導する「スーパーシティ構想」に手を挙げ、「人生100年時代を健幸に暮らすフューチャー・デザインタウン」を提出済み。採択されれば規制改革の恩恵が受けられ、健康増進事業が加速することになる。

 ここでは、PHRをフル活用したセルフメディケーションの徹底により、「病気になる前、未病のところで止める努力」(吉岡氏)を目標とする。薬局での血液検査、スマホやウエアラブルデバイスからのバイタルデータ取得、心筋梗塞や脳梗塞などの発症アラートなど、最先端テクノロジーを用いたソリューションが並ぶ。

 「可能な限り医療につなげない仕組みを考えつつ、いざというときには適切に医療にアクセスできるようにする。いずれにしろ、PHR活用はどんどん可能性が広がっていく分野。フィジカルの健康指導でもさまざまな有資格者に入ってもらい、予防、生活習慣の改善につなげたい。こうしたシームレスな関係が自治体の現場では非常に重要になってきているのだ」(吉岡氏)

フレイル予防の第一人者は住民活力をエンジンにする──東京大学・飯島氏

 モデレーターを務めた飯島氏は、日本におけるフレイル予防の第一人者として知られる(関連記事:住民・自治体・企業を巻き込みフレイル予防)。フレイルとは加齢により心身が衰えた状態のことで、高齢者の健康状態の指標として昨今注目を集めている。

 飯島氏はフレイル予防を栄養・運動・社会参加の三位一体と定義する。コホート研究などをもとにしたエビデンスベースのデータを採用する点も特徴だ。この考えに基づき、飯島氏は各地域に在住するアクティブシニアを「フレイルサポーター」として育成。「フレイルチェック」と題した健康チェックの場を設け、高齢者同士が励まし合いながらフレイル予防を実践するスキームを確立した。現在、全国75の自治体が参加する。

 公民館や地域センターに閉じず、より多くの人が集まるショッピングセンターでもフレイルチェックを実施している。楽しみながら参加してもらうとともに、産業界を巻き込んで健康長寿への意識を高めることが狙いだ。過去には複数企業がフレイル予防に関するブースを出展するなどの効果が現れている。

 「老いには可逆性がある。年齢のせいにしがちだが、適切な栄養を摂取して運動を重ね、人との触れ合いによる社会性を保つことが大事。住民活力、そして公的財源に極力頼らずに産業界のパートナーと協力しながらこれからもフレイル予防を進めていく」(飯島氏)

データ利活用の本格展開が鍵を握る

 後半のディスカッションでは、各自の取り組みを踏まえた上での「データ利活用の未来」について意見を交換した。

 水谷氏は、さっそくマイナポータルで自身の健診情報を確認したエピソードを話し、「自分の健康情報にクイックにアクセスできることは重要。行動変容とは自ら気づいて変える、変わるもの。自立してどうあるべきかを考えるきっかけになれば」と述べた。

 稲邑氏は「データの活用基盤が整備されれば、すでにあるサービスと連携して日常の健康データをより粒度が高く可視化できるようになる。それが見えてくると自然と行動が変わるだろう」と指摘する。事業者との会話でもデータ利活用に関する期待をひしひしと感じているようで、「例えば保険商品の中に組み込んでいくことで、健康意識の高低にかかわらず訴求できるのではないか」との見方を示した。

 「健康無関心層をいかに取り込むかが民間企業の腕の見せ所」と話したのは浦中氏。本格的なPHR活用の意識づけには、日常生活に溶け込ませることがポイントになるとし、「若年層に対してはゲーミフィケーションの要素を取り入れて楽しさを掘り起こすなどの工夫が必要」と語った。

 吉岡氏も浦中氏同様、無関心層の開拓が鍵だとする。公的なPHRが静的であるのに対し、矢巾町が取り組むのは生活と密着した動的データと捉え、「健康になることが楽しいことだと可視化できる仕組みづくりに力を入れたい」とした。

 これを受け、飯島氏は「健康情報を早期に取得できることは個人の財産でもあり、地域の財産でもある。それをもとに、身近で手軽な行動変容の手法を提供するのは民間企業の役割になる」と締めくくった。足元ではコロナ禍による運動不足、通院控えに伴う疾患発見の遅れなどが表面化している。それを考えても、PHRを中心としたデータ利活用の重要性はますます高まっていくに違いない。

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連載の紹介

日経クロスヘルスEXPO 2021 リポート
日本のヘルスケア変革を支援するイベント「日経クロスヘルスEXPO 2021」(会期:2021年10月11日~10月22日、オンライン開催)。日経メディカル、日経ヘルスケア、日経ドラッグインフォメーション、日経バイオテク、日経デジタルヘルス、Beyond Healthの各編集部が総力を挙げて情報を発信します。

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