「『とりあえずやってみよう』ではイノベーションは起こせない。多様なバックグラントの人を集め、開発を始める前にデザインのプロトタイプをあらかじめ定めておく。それが革新的な医療機器を開発するためのバイオデザインという考え方だ」──。東北大学病院の中川敦寛氏(臨床研究推進センター特任教授、同バイオデザイン部門長)は10月9日、東京ビックサイトで開催されている「クロスヘルス EXPO 2019」(主催:日経BP)の講演で明らかにした。

東北大学病院の中川敦寛氏(写真:渡辺 慎一郎=スタジオキャスパー)

 「その医療機器開発、間違っていませんか?」という刺激的なタイトルで始まった中川氏の講演は約1時間。会場に集まったのは自動車メーカーや素材メーカーの新規事業責任者、そして国際的な認証機関の担当者などだ。医師の講演で、テーマが医療機器にもかかわらず、医療分野以外の人が多く集まったのはなぜか。中川氏が提唱する「プロセスはデザインするもの」という考え方に対する関心が高かったからだ。今回のクロスヘルス EXPOはヘルスケア業界だけでなく、ITやエレクトロニクス、そしてマーケティング業界の人々が「交流(クロス)」することを前提に設計されている。その効果もあったと言えるだろう。

 77枚のスライドを使った中川氏のプレゼンテーションに通底していたのは強烈な危機感だった。現役の脳神経外科医として臨床の現場に立つだけでなく、医療機器の開発にも取り組む中川氏の下には、企業から様々な開発案件が持ち込まれる(中川氏は病院長特別補佐として企業アライアンスも担当)。ただ、その中で事業化の可能性があるものは100分の1程度だという。「大概のニーズは既に特許が取られていたり、誰かが開発して失敗していたりするものばかり。優秀な人材がそろっているはずの大企業の提案に、そのようなもったいないものが少なくない」と中川氏は警鐘を鳴らす。

 そこで東北大学が立ち上げたのが「アカデミック・サイエンス・ユニット(ASU)」というプログラムだ。2014年から企業や研究者を医療現場に受け入れ、現場の観察を通じて事業化に値する課題を発掘して、開発研究を支援する枠組みだ。5年間で46社、1300人以上の企業開発研究員を受け入れてきた。

 重視しているのは、分野の異なる人がチームとなって濃密な現場観察をして、納得するまで議論することだという。「性別やバッググランドがバラバラの方が『それっておかしくないか』という正直な疑問が湧き上がってきやすい。同質の人が集まったコンフォートゾーンから外に出るのが大事。そこで新しいイノベーションが起きる」(中川氏)。助教時代に米Stanford大学に留学して、バイオデザインを学んで帰国した中川氏は、「A well-characterized need is the DNA of a great invention(画期的なイノベーションは“特徴づけされた”ニーズからスタートする)」という言葉に深く共鳴したと語った。

 バイオデザインとは、デザイン思考を基にした医療機器イノベーションを牽引する人財育成プログラムだ。医療現場のニーズを出発点とし、開発初期段階から事業化の視点も検証しつつ、問題の解決とイノベーションを実現するアプローチが特徴となっている。

 「まだ詳しく話せないが、開発の質とスピードを上げるため、ピポットを素早く回すための仕組みをベッドサイドで準備している」と中川氏は本誌に取材に答えた。そして都内の企業の打ち合わせのため、足早に会場を後にした。東北大学のASUからどのような製品・サービスが生み出されるのか。定点観測を続けたい。