日経メディカルのロゴ画像

学会リポート◎第3回APSARA総合診療医学会―カンボジアで感じたこと
そんな先の糖尿病の合併症を考えてどうするの?

2020/05/25
熊川 友子(埼玉医科大学病院 総合診療内科)

 飛行機をおりると、懐かしさも伴う東南アジア独特の香りに胸がいっぱいになりました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが起こる前の2019年12月、私たちはカンボジアへ3回目の渡航をしました。今回のAPSARAの新たな試みはmedical outreach、すなわちボランティア活動を導入したことでした。

 Medical outreach当日、Sunrise Japan Hospitalのスタッフと日の出とともにホテルを出発しました。バス3台には当日使用する医療器具や薬、こども用の栄養食品が多く積まれていました。車窓からの風景は、コンクリートで整備されたプノンペンの街並みから、土埃の舞うでこぼこ道、私の背丈ほどの草木が茂るジャングルへと変化していきました。

 バスからボートに乗り換え、Koh Peam Rohという島に向かいました。約500人が居住しているというこの島では、燦燦と降り注ぐ太陽の光のもとでトウモロコシや芋の葉が青々と茂っていました。畑を通り抜けて、会場となっている寺院に到着すると、小さな子どもからご高齢の方々まで、何百人もの島民が笑顔で私たちを出迎えてくれました。子どもたちには島の外からきた人が珍しいのか、私たちの周りを走り回りあとをついてきました。

写真1 バスからこちらのボートに乗り換えKoh Peam Roh島に向かいました。

写真2 当日参加したスタッフとともにボートに荷物を積み上げているところ。物資の中身は医療器具や薬、子ども用の栄養食品など様々です。

写真3 たどりついたKoh Peam Roh島は植物の緑と空と太陽のコントラストがきれいで、人々のエネルギーであふれていた島でした。

写真4 荷台に物資を積み直して会場に向かいました。

「芋を1日に何個食べていいの?」

 寺院では島民の健康相談を行いました。看護師が医師に相談を行うべきだと判断した島民には、ドクターコンサルテーションのブースに回ってもらいます。問診と身体診察を行い、必要があれば薬を処方します。農業が盛んな島ということもあり、腰痛を訴える方が大半で、中には多発単神経炎の症状を呈する人もいて、個人的には精査が必要ではないかと思いました。

写真5 当日は看護師によるバイタルのチェックや身長、体重測定などが行われ、医師による診察が必要と判断された島民はドクターコンサルテーションのブースにまわります。

写真6 同行された高橋先生。ドクターコンサルテーションのブースで活躍されていました。

 ドクターコンサルテーションと並行して、私は島民の皆さんに糖尿病のレクチャーを行いました。レクチャーのテーマとして糖尿病を選んだことには理由があります。カンボジアでは近年国民の寿命が伸びており、生活習慣病として糖尿病の罹患率が上昇していること、そして糖尿病は比較的早い段階で生活習慣に介入できれば予後が改善できるからです。島民は英語が理解できない方が多く、私が英語で話し、Sunrise Japan Hospitalのスタッフがクメール語に通訳する、という流れでレクチャーを行いました。

写真7 筆者は糖尿病のレクチャーを行いました。

 そもそも「糖尿病」という言葉を聞いたことがある人は、参加者の約3割程度でした。そして糖尿病のレクチャーへの反応は、私が予想していたものとは全く異なるものでした。生活習慣の話には「結局塩分を控えるには、お米の麺を1日にどれくらいまで食べていいの?」「芋を1日に何個食べていいの?」というというような質問が続きます。そして10年後、20年後に起こりうる合併症の話をしたときは、島民の皆がポカンとしていたことが印象的でした。「そんな先の合併症を今から考えてどうするの?」。そんな声が聞こえてきそうな島民の表情を今でも鮮明に思い出します。

 糖尿病について、私たちは初期研修医のころから学ぶ機会が多くありました。糖尿病の発症には日々の食事や運動、喫煙・飲酒など多くの生活習慣が関連するため、適切な生活指導が肝心であること。治療においては、HbA1cを定期的にフォローしながらコントロールし、かつ低血糖発作を防ぐことが重要であること。糖尿病には神経障害や網膜症、腎症の3大合併症があり、それに加え脳卒中や心血管イベントにつながり得ること。それらのことを当たり前のように日常的に考えてきた私にとって、島民のリアクションは想定外で衝撃的なものでした。同時に「Sustainable Development Goals , SDGs (持続可能な開発目標)」という言葉が頭をよぎりました。

こちらの常識を一方的に押し付けたかも

 SDGsは2015年9月に国連で採択された、2016年から2030年の15年間で加盟国が達成するために掲げられた目標です。この背景には、平和で安定した未来に向けて生活を脅かすことなく社会を成長させたいという願いがあります。SDGsは17の大きなゴールを掲げ、「to do」が記載された具体的な169のターゲット、目標値が示された232の指標から構成されています。SDGsの特徴は、新興国・先進国を問わず世界中で同じ目標を共有し、その一方で各国がそれぞれ達成可能な目標値を設定し、定期的なモニタリングをするところにあります。このことにより「持続可能性」が担保されています。例えば、3番目の目標として「すべての人に健康と福祉を」が掲げられており、あらゆる年齢の人の健康的な生活を確保し、福祉を促進する、という行動目標が設定されています。

 先ほどの「数十年後の合併症を今から考えてどうするの?」という素朴な疑問にはとても大きな意味があるように思えました。ICT技術を駆使して急成長を続け、急速に平均寿命が延長しているカンボジアにおいても、国民の健康を守ることが重要なのは言うまでもありません。しかし、先進国目線で「ただ」目標を設定するのではなく、国民にとって「持続可能な」具体的な目標を設定することが重要です。例え科学的なエビデンスが明確にあっても、先進国の目標をそのまま新興国に移すことはできません。置かれた状況が異なるのです。予防医療を発展させるためには、保健・医療システムの整備、生活環境や学習環境の整備なども同時に必要になります。島での経験を通して、このような前提なしに、簡単に共通理解を得るのは難しいのだというのがよく分かりました。レクチャーが終了した後、自給自足の生活で精いっぱいの島民に、私は「私にとっての常識を一方的に押し付けてしまったのかもしれない」と反省をしたことを昨日のように思い出します。

 APSARAでの活動は毎回私に新たな息吹を吹き込んでくれます。今回のmedical outreachは日本の急性期病院の視点からカンボジアの一般市民レベルの医療リテラシーを理解する大切な時間となりました。その一方で、世界には多様で想像を超える視点があることを再確認する良い機会ともなりました。

 COVID-19のパンデミックに直面し、私たちAPSARAもオンラインでの活動を広げていくことが大切であると感じています。活動の一環として毎月行っているクリニカルリーズニングのウェブカンファレンスは、相互に質問を気兼ねなく行うことができる有意義な会になっていると感じています。今月の会からはサンライズジャパンホスピタルの医師だけではなく、カンボジアの医学生にも参加していただき、ますます盛り上がりをみせそうです。また、2020年7月のAPSARA学会はオンラインでの開催を決め、「外科救急」「内科救急」にわけて日本サイドとカンボジアサイドからレクチャーを行う予定となっています。オンラインでの学会開催は今後も国内外で需要が高まりそうで、新たな気づきを得られるのではないかと今から期待を膨らませています。今後の活動から何を学ぶことができるのか、とても楽しみです。

写真8 当日参加されたSunrise Japan Hospitalのスタッフやボランティアの皆様と。

*執筆に当たり、地域医療振興協会の山田悠史先生と順天堂大学病院の高橋宏端先生にご協力いただきました。この場を借りて謝意を表させていただきます。

■参考文献
1) SDGs入門 著:村上芽・渡辺珠子、日経文庫、2019年 
2) 総務省ホームページ


  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

著者プロフィール

研修医として学んできた知識および臨床力をクイズ形式で競い合うレジデンピック(Residenpic)を主宰するなど、日本中の研修医のボトムアップに取り組む和足孝之氏、水野篤氏、坂本壮氏、髙橋宏瑞氏らのドクター軍団が担当します。

連載の紹介

イケてる指導医が研修医に伝えたいこと
日本中の研修医諸君は今、夢と現実のはざまでもがき苦しんでいるのかもしれない。こんなはずじゃなかったと立ちすくむ「あなた」に、後輩医師の指導に積極的に取り組んでいる若き指導医からのメッセージを届けます。

この記事を読んでいる人におすすめ