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Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」

第26回
防ぎたい突然死、見つけがたい突然死

2022/01/19
西 智弘(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター)

 キムラさんは70歳の女性。都内の病院で看護師をしていたが、66歳のときに糖尿病が悪化。精査の結果、膵癌と診断し、手術および術後の抗癌薬治療を行ったが、2年後に肝転移にて再発。その後、抗癌薬治療を再開したが肝転移が徐々に増大し、3カ月前にDr.ニシの緩和ケア外来を紹介された。「抗癌薬も止めて体調も良くなった。せっかくだから、これまで我慢していた旅行にも出かけたい」と、笑顔で語っていたキムラさんだったが、沖縄旅行に出発する1週間前に呼吸状態が悪化して救急搬送された。

 救急車を受けた当直医のカルテには「膵癌の終末期、呼吸苦を主訴に救急搬送。心拡大および全身浮腫を認めた。両肺でwheezeを聴取。造影CT撮影したが肺塞栓は認めず、急性心不全と診断。利尿薬および酸素投与、安静を指示の上、入院管理とした」と記載されていた。翌朝、Dr.ニシが出勤してキムラさんの入院を知り、病室に駆け付けたところ、彼女は笑顔で座っていた。昨夜の所見として記載されていた肺のwheezeも聴取されず、看護師からの報告を聞く限り顔面や四肢の浮腫も入院時よりは若干改善したように見えるとのことだった。





キムラ 昨日よりは随分と楽になりました。
Dr.ニシ 安心しました。先週の外来では特に何の症状も無かったので、急に入院となって驚いたのですが。

 食事も全量摂取し、症状も落ち着いているため、Drニシは心不全さえ改善すれば早めに自宅に戻れそうだと判断し、キムラさんの夫にもそのように説明した。その翌日(入院3日目)も、食事は全量摂取可能であり、全身状態も呼吸音も良好で、浮腫もさらに改善したように見えた。しかし、酸素の必要量は変わらず、むしろSpO2の数値はやや悪化しているようにも見えた。Dr.ニシは、「心不全にしては経過がおかしいか?」と感じたが、キムラさん本人へは「大きな変化はなさそうですね。今日は金曜日ですので、週明けの状態を確認して、体調が良ければ退院も検討しましょう」と伝えた。
 しかし、キムラさんの呼吸状態はその夜に急速に悪化。酸素の必要量は鼻カニューレ2Lから、翌朝(入院4日目)にはリザーバーマスク10Lにまで上がり、意識レベルも低下した。自宅にいたDr.ニシも病棟に駆け付け、あまりの変化にあぜんとした。状況がつかめないため家族への説明もしどろもどろ。しまいには「早いうちに退院できるって言っていたじゃないか!」と家族も怒り出してしまった。そしてその翌朝(入院5日目)、キムラさんは永眠された。

Dr.ニシ これが、キムラさんの呼吸状態が急激に悪化して亡くなるまでの経過です。てっきり、心不全だとばかり思って治療を行っていたのですが、診断が誤っていたのでしょうか。
Dr.ミヤモリ 確かに、単なる心不全とは異なるみたいだね。しかし、本人もご家族も、急な変化に驚かれただろうね。
Dr.ニシ 本当に。僕の力不足で、申し訳ないことをしました。
Dr.ミヤモリ いや、これはニシ君の力不足と言うより、病態的に仕方がない経過だったとは思うよ。ただ、緩和ケア医としてはこのような急激な転機、つまり突然死を来たし得る病態を予測しておく必要はある。

緩和ケアの現場における突然死の予測因子は?

Dr.ミヤモリ 突然死は、本人にとっても「本当は家族に伝えたいことがあった」「やり残したことがあった」という意味でつらいし、家族にとっても「数日前まであんなに元気そうに見えたのに」と、心の準備もできないままに大切な人との別れとなってしまう。後悔や怒りにつながってしまうんだ。緩和ケアのセッティングでどれくらいの方が突然死するかということだけど、豪州の約1万2000人(77%が癌患者)のデータで、比較的全身状態が保たれていた人が1週間以内に急変して亡くなった例を突然死と定義すると、478人(4%)が突然死していたと報告されているんだ1)
Dr.ニシ 25人に1人ですか。私たちの診療だと1~2カ月に1人くらいは経験しそうですね。
Dr.ミヤモリ この研究において、突然死の独立した予測因子は、男性、若年、肺癌、その他のがん、心血管疾患、倦怠感、息切れだったと報告されている。また、自宅での死亡との関連性も報告されていたんだ。
Dr.ニシ 以前に、慢性心不全の急性増悪で入院していた方が利尿薬などで回復し、家族に退院可能と説明した翌朝に、呼吸停止して見つかったことがあったのを思い出しました。あの時もご家族に責められたんですよね……。今回キムラさんにも同じことが起きたのでしょうか。
Dr.ミヤモリ どうだろうね? カルテの記述などを見ている限り、今、ニシ君が慢性心不全急性増悪として話した経過と、キムラさんの経過は微妙に異なるんじゃないかな。
Dr.ニシ 確かに、利尿薬投与で浮腫や呼吸音は改善していったのに、酸素必要量が改善しない経過には違和感を覚えました。
Dr.ミヤモリ そうだね。私は、キムラさんは確かに心不全もあったとは思うけど、病態的には別の経過があったと思うんだ。

突然死の原因となる病態PTTM

Dr.ミヤモリ ニシ君は「PTTM」という病態を聞いたことがあるかい?
Dr.ニシ 初耳です。どういう病態ですか?
Dr.ミヤモリ PTTMはpulmonary thrombotic microangiopathyの略で、1990年にHerbayらが報告した、肺動脈腫瘍塞栓症の特殊な型なんだ。単純に腫瘍細胞塊が肺動脈を塞栓する肺動脈腫瘍塞栓症とは違って、微小な腫瘍が細動脈上皮に付着して局所および全体の凝固系を亢進させるところから始まる。凝固系の亢進によって炎症メディエーターや組織因子(TF)などの放出が起こり、血栓形成・線維細胞性内膜増殖による閉塞が生じる。結果として、肺高血圧、肺性心となり数日の経過で亡くなることが多い。肺のCTでは、小葉中心性粒状影、すりガラス状濃度上昇などを認めることもあるが、非特異的な所見で生前に診断することは難しいんだ。肺換気血流シンチグラフィーで末梢側の換気血流不均衡があることを証明したり、肺生検や肺動脈細胞診などで診断できるけど、緩和ケアのセッティングでは難しいことも多いね。ただし、悪性腫瘍死の剖検例では約3%に認められており、その原因は胃癌が最も多く、他にも乳癌、大腸癌、膵癌などが報告されているよ。
Dr.ニシ 確かに、キムラさんも肺塞栓は無いのに右心不全の徴候を認めていました。安易に利尿薬だけで経過を見たのが良くなかったのでしょうか……。ちなみに、もし早期に診断ができたとして、有効な治療はあったのでしょうか。
Dr.ミヤモリ 抗凝固療法やステロイドなどが試みられているけど、あまり良い成績は出ていないね。
Dr.ニシ だとしたら、キムラさんも診断できていたとしても、治療としてはできることはなかったということでしょうか。
Dr.ミヤモリ そうだね。だから、ニシ君の力不足というより病態的に仕方ない経過だったとは思うんだ。ただ、そのたどり得る経過を見過ごして、本人や家族に楽観的な予後を想像させたのだとしたら、それは不利益につながったとも言えるかもしれないから、反省はすべきだ。さっきも言ったように、生前の診断はとても難しいのだけどね。
Dr.ニシ そうですね。少なくとも、急変の可能性が常にあることを事前に伝えておけば、ご家族も心の準備ができたかもしれませんし、もっと有効な時間の使い方ができたかもしれません。
Dr.ミヤモリ 若い人だと予備力が高いせいか、亡くなる前日まで歩いたり食べたりできる方もいらっしゃるし、予測するのは本当に難しい。先ほど紹介した豪州の報告を参考にして、少なくない数の方が突然死することや、息切れが急速に悪化してきている病態の場合は早めに説明をするなどの工夫が必要だろうね。

ポイント

・緩和ケアのセッティングにおいて約4%の方が突然死する。
・突然死を生じる病態は様々だが、PTTMなど特殊な病態も頭に入れておく。

【参考文献】
1) M Ekström, et al. J Pain Symptom Manage. 2016;52:221-7.

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『Dr.西&Dr.宮森の 高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです』
(西 智弘 著、宮森 正 監修、4400円〔税込〕)

高齢者を遊びのない世界に閉じ込める医療ではなく、一緒に「生きる」を楽しむべきではないか。そんな思いを実践した、高齢者診療や緩和ケアの取り組み方を紹介します。

連載分に加えて、西先生、宮森先生にコラムも書き下ろしていただきました。

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著者プロフィール

西智弘(川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科)●にし ともひろ氏。2005年北海道大学卒。家庭医療専門医を志し、室蘭日鋼記念病院で初期研修後、緩和ケアに魅了され緩和ケア・腫瘍内科医に転向。川崎市立井田病院、栃木県立がんセンター腫瘍内科を経て、2012年から現職。

連載の紹介

Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」
多様な患者さんの姿をユニークに捉え、楽しみながら高齢者診療を行う宮森正氏の「経験から得た言葉や技術」を、それを支えるエビデンスと共に愛弟子の西智弘氏が綴ります。腫瘍内科と緩和ケアの統合を目指し、腫瘍内科・緩和ケア・在宅診療を、ケアセンター科が一括して担う川崎市立井田病院ならではの取り組みも併せて紹介していきます。

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