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Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」

第25回
「急に性格が変わった」の原因はせん妄以外にも

2021/12/07
西 智弘(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター)

 スギタさんは78歳の男性で、郵便配達員を長年勤めあげた。同居している娘さんによると、若いころからいつも温厚で、きつく怒られた記憶が無かったという。しかし、75歳を過ぎたとき、健康診断で右肺に影を指摘され、肺腺癌と診断された。手術を行ったものの、2年後に肺内転移および脊椎の多発転移で再発。スギタさんは「もう年だし、あまりきつい治療は受けたくない」と希望し、抗癌薬による治療は行わずにDr.ニシの緩和ケア外来に紹介されてきた。

 しばらくは、軽度の疼痛以外に症状はなく、鎮痛薬のみで外来通院を続けていたが、脊椎転移が増大して疼痛が急激に悪化。放射線治療と鎮痛薬の調整目的に入院となっていた。入院してしばらく、放射線治療も順調に進み、食事も取れていたことから「あと数日治療したら自宅に戻れますよ」と、Dr.ニシは娘さんに説明をしていた。しかし、娘さんからは「最近、父の様子がおかしくないでしょうか」と尋ねられた。娘さんが言うには、入院数日後にお見舞いに来たところ、穏やかで快活だった父が、一点を凝視し、娘さんの声掛けにも反応が乏しく、時に声を荒らげたりする場面もあったのだという。心配になって看護師に尋ねたところ、「入院して環境が変わったことで、少し混乱状態になっているのかもしれませんね。高齢の方ではよくあることです」と説明されたとのことだった。


Dr.ミヤモリ なるほど。それで、ニシ君はどう診断していたんだい?

病棟のカンファレンスでDr.ニシが退院前プレゼンを行ったところ、スギタさんのエピソードに、こうDr.ミヤモリが疑義を呈したのだ。

Dr.ニシ 確かに、外来で診ていたときのスギタさんと、今のスギタさんは様子が異なります。ただ、3年前に手術で入院された際も軽度のせん妄を起こしたとの記録が残っていましたし、今回もせん妄と診断して様子を見ていました。活動性せん妄のように暴れたりすることはなかったので、低活動性せん妄と考えて投薬はせずに様子を見ています。環境の変化によるものと考えられるので、自宅に戻りさえすればもとに戻るのではと。
Dr.ミヤモリ なるほど。確かに、低活動性せん妄の可能性もあるけどね……。僕もさっきの回診でスギタさんの様子を見てきたけど、あのじーっと一点を凝視している様子とか、口がモゴモゴ動いているとか、ちょっとせん妄とは違う印象があるんだよね。
Dr.ニシ そうですか?あんまり気にしていなかったな……。
Dr.ミヤモリ うん。退院の前にちょっと一度、脳波の検査とMRIを撮ってみないかい。

Dr.ミヤモリに促されて、さっそく脳波およびMRI検査を行ったところ、脳内に多発する小転移巣と、てんかん波が認められた。

Dr.ニシ 脳転移に伴う、症候性てんかんでしょうか。でも、けいれんを起こしたなんて報告はなかったですよ。
Dr.ミヤモリ そうだね。これは非けいれん性てんかん重積状態(Non-convulsive status epilepticus:NCSE)と呼ばれ、せん妄や認知症などと鑑別が必要な病態なんだ。スギタさんがいつからこの発作を起こしていたか、どれくらいの頻度で起こしていたかは分からないけど、恐らくは入院後すぐから発症していたんだろうね。
Dr.ニシ せん妄だと思い込んでいました……。
Dr.ミヤモリ そうだね。実際、NCSEの診断は難しい。がん治療中の患者の10~15%、脳転移があれば20~30%の頻度でてんかん発作があるとされているが、そのうち何割がNCSEなのかはよく分かっていない。ただ、僕らが考えているよりも実際の頻度は高く、その多くは見逃されている可能性があるんだ。もちろん、がん患者以外にもNCSEは発症する。
Dr.ニシ 疑わないと脳波検査も行わないでしょうしね。
Dr.ミヤモリ 例えば、一点の凝視、瞬目の反復、口や手の自動症の出現、頭頸部の攣縮、ミオクローヌス、片側への眼球運動などの臨床徴候、あとは分単位で変化するような急激な意識変容(不注意・無反応・もうろう状態など)や異常言動は、NCSEを疑うきっかけになる。また、発作の後に意識がもうろうとした状態が数時間から数日続くこともあるんだ。そのせいで、低活動性せん妄や認知症の進行と誤診されやすいんだね。脳波も、一度の検査で捕捉できないことも多く、睡眠脳波をとったり繰り返し検査をすることが必要になるけど、緩和ケアのセッティングでは検査自体が難しい場面もあるよね。ただ、見逃されたままでいると突然死につながる危険性もあるから、疑うことがまず大切なんだ。
Dr.ニシ そうなんですね。見逃して退院としていたら大変なことになっていたかもしれなかったんですね。

脳転移に伴う性格変化は見逃さない!

Dr.ニシ ミヤモリ先生は、スギタさんのどこを見てNCSEだと疑ったのですか?
Dr.ミヤモリ 一番は、娘さんの「これまで穏やかで快活だった父が、急に反応に乏しくなったり声を荒げたりした」という話かな。「急に患者の性格が変わった」という場合に、脳転移が関与していることがあるんだ。特に、スギタさんは肺癌患者で、脳転移の頻度は比較的高いしね。脳転移は、大きなものであれば運動障害や言語障害など巣症状が出現する。でも、スギタさんのように小さく多発する転移の場合は情緒不安定になったり、不安感や不眠、イライラ、易怒性なんかが見られることもある。それが、NCSEと関連している症状なのかは分からないけど、僕らが若くてNCSEの概念がまだ知られていないころから、脳転移と性格変化の関連は臨床的にはよく観察されていたものだよ。抗けいれん薬を投与すると次の日にはすっかり元の優しい患者さんに戻っていたものさ。
Dr.ニシ NCSEも、治療は抗けいれん薬ですね。
Dr.ミヤモリ そうだね。発作中で内服が難しければ、普通の症候性てんかんのようにジアゼパム5~10㎎の静脈注射で対応する。それで元に戻れば、診断的治療にもなる。発作が治まった後の二次治療としては、レベチラセタム500㎎を1日2回、内服または点滴での投与を最近はよく行っているね。昔は、フェニトインやカルバマゼピン、バルプロ酸なんかもよく使っていたけど、レベチラセタムの方が薬物相互作用の面で使いやすいんだ。それにレベチラセタムは皮下点滴でも使用できるから、内服困難で静脈ルート確保困難な患者でも投与可能だ1)。ただ、腎障害がある患者ではクリアランスが落ちるから用量調整に注意が必要だよ。あと、レベチラセムは薬価が高いから、古典的な薬剤も選択肢に入れておこう。
Dr.ニシ 分かりました。さっそく、治療をはじめてみます。
Dr.ミヤモリ あと、注意点としては「脳転移がある=将来けいれんを起こす」ではないということかな。脳転移と診断された患者さんで、これまで一度もてんかん発作を起こしていないのに抗けいれん薬が投与されていることがあるけど、欧州神経腫瘍学会のガイドラインでも転移性脳腫瘍に対する抗けいれん薬の予防的投与は推奨されていない2)。効果と副作用(薬価も含め)のバランスを考えると、むやみに投与すべき薬ではないからね。
Dr.ニシ はい。気をつけます。

 Dr.ニシからスギタさん本人と娘さんに、病状について改めて説明し、入院期間を延長して脳への放射線治療を行うか、ステロイドおよび抗けいれん薬のみで早期退院を目指すかを検討した。全脳照射では予後延長は期待しにくい上に認知機能が低下する可能性が(メマンチンや海馬回避照射など予防でき得る方法はあるものの)高いこと、転移巣の数が多いものの放射線外科治療(ラジオサージェリー)を行えるかもしれないことなどの説明を行い、一度放射線科医に受診することを勧めたが、スギタさん本人が「もう入院はしたくないです。余命が長くないのなら、一日でも早く家に帰って家族と過ごしたい」と希望。娘さんも本人の意思を尊重したいということで、退院となった。

ポイント

Point! ・せん妄や認知症と間違われ、見逃されている意識障害の中にNCSEが隠れているかもしれない。疑うことが大事。 ・治療は抗けいれん薬で、レベチラセムが使いやすいが薬価と腎機能には特に注意すべし。

【参考文献】
1) Rémi C, et al. J Pain Palliat Care Pharmacother 2014; 28: 371-7.
2)R Soffietti, et al. Neuro Oncol. 2017;19:162-174.

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Dr.西&Dr.宮森の 高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです
(西 智弘 著、宮森 正 監修、4400円〔税込〕)

高齢者を遊びのない世界に閉じ込める医療ではなく、一緒に「生きる」を楽しむべきではないか。そんな思いを実践した、高齢者診療や緩和ケアの取り組み方を紹介します。

連載分に加えて、西先生、宮森先生にコラムも書き下ろしていただきました。

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著者プロフィール

西智弘(川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科)●にし ともひろ氏。2005年北海道大学卒。家庭医療専門医を志し、室蘭日鋼記念病院で初期研修後、緩和ケアに魅了され緩和ケア・腫瘍内科医に転向。川崎市立井田病院、栃木県立がんセンター腫瘍内科を経て、2012年から現職。

連載の紹介

Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」
多様な患者さんの姿をユニークに捉え、楽しみながら高齢者診療を行う宮森正氏の「経験から得た言葉や技術」を、それを支えるエビデンスと共に愛弟子の西智弘氏が綴ります。腫瘍内科と緩和ケアの統合を目指し、腫瘍内科・緩和ケア・在宅診療を、ケアセンター科が一括して担う川崎市立井田病院ならではの取り組みも併せて紹介していきます。

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