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Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」

第24回
アナモレリンは悪液質の救世主になるか?

2021/11/30
西 智弘(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター)

 カドタさんは65歳の男性。もともとは市内で八百屋を営んでいたが、次第に食欲がなくなり、70kgあった体重が半年で60kgにまで減ってしまった。本人は頑固者で「医者になんか行かなくていい」と虚勢を張っていたが、近隣に住んでいる娘さんに説得されてしぶしぶ近医を受診。そこで胃癌と診断された。

 当院へ紹介され、精査したところ肝転移が見つかり、手術は不可能とされた。腫瘍内科にて抗癌薬治療が開始されたが、相変わらず食欲はなく、体重がさらに減ってしまったために症状緩和目的でDr.ニシの外来に紹介されることに。Dr.ニシが医局で外来の予習をしていたところに、Dr.ミヤモリが通りかかる。





Dr.ミヤモリ 肝転移がけっこう進んでいる患者さんだね。
Dr.ニシ あっ、ミヤモリ先生。そうなんですよ。来週、この患者さんにお会いするんですけど、依頼文には「食欲改善について緩和ケア科でご高診ください」って書いてあるんです。でも、腫瘍内科医の記録を見るとご飯はそれなりに食べているようなんです。それでも体重が減ってしまうみたいなんですけど、抗癌薬の影響でしょうか?
Dr.ミヤモリ う~ん、抗癌薬の影響ねえ……。
Dr.ニシ じゃあ、癌が進行しているとか。
Dr.ミヤモリ いやいや、ニシ君はちょっと結論出すのが早すぎるよ。実際は、患者さんにお会いしてからじゃないと分からないけど、病歴を読む限り、この患者さんは「悪液質」の状態にあるんじゃないかな。
Dr.ニシ 悪液質ですか? でも、悪液質って終末期でやせ細ってしまった状態のことを指すんじゃないんですか?
Dr.ミヤモリ おやおや、ニシ君も「よくある勘違い」をしているんだね。図を見てもらえれば分かるけど、ニシ君がイメージしているのは定義としては「不応性悪液質」といって、かなり予後が限られた状態のことを指すんだ。それに対して「悪液質」は、過去6カ月での体重減少が5%以上などと定義されていて、進行肺癌や進行消化器癌の患者では、その診断時点で半数近くに悪液質を認めるとの報告1)もある。悪液質の診断基準を見ても分かるように、実際に悪液質の状態に陥るのは余命が限られてくる終末期ではなく、化学療法などを行って通院を続けている時。臨床現場では、本当は悪液質の診断基準を満たすにもかかわらず、医療者から見落とされている例が多くあるんだ。

図:悪液質の定義

Dr.ニシ そうだったんですね!完全に勘違いをしていました……。

悪液質はなぜ改善すべきか

Dr.ミヤモリ 悪液質がある患者とない患者では、化学療法の治療効果にも差があることが示唆されている2)。悪液質がある患者さんにとって、栄養状態の改善は喫緊の課題なんだ。悪液質がある状態は身体の予備能力が下がっていて、普通であれば耐えられる程度の副作用でも治療を継続できなくなったりする。もともと食欲が低下しているところに加えて、化学療法の副作用でさらに食欲が落ちれば、栄養状態が一気に悪化して治療を続けるどころではなくなってしまうというのは想像できるだろう?
Dr.ニシ そうですね。腫瘍内科医がわざわざ緩和ケア科に併診を依頼してきた意味がようやくわかりました。
Dr.ミヤモリ それに、食欲の低下は患者を看護する家族の大きなストレスになる。「私が一生懸命にご飯を作ったのに全然食べてくれないんです」などと家族間のあつれきの原因になることも多々あるんだ。結果、患者本人が家族内で精神的に孤立してしまう場合もある。そういった面からのサポートも重要だね。
Dr.ニシ なるほど。でも、具体的にはどのようなアプローチをしていけばいいのでしょうか?「食べても食べても体重が減る」という悪液質の状態を改善できるのでしょうか。終末期の患者であれば、食欲低下にステロイドやプロゲステロン製剤(商品名プロベラヒスロンプロゲストン他)を処方したりすることもありますが……。

アナモレリンは夢の薬?

Dr.ミヤモリ そうだね。ただ、ステロイドやプロゲステロン製剤を使って食欲が改善したとしても、それによって体重が増えるというエビデンスは乏しいんだ。それに、化学療法中の患者には制吐剤として既にステロイドが投与されていることが多い。そこにさらにステロイドを足すと、感染症や耐糖能異常などの有害事象を起こすことにもなりかねない。
Dr.ニシ ですよね。プロゲステロン製剤は保険上の問題もありますし。
Dr.ミヤモリ あと、薬だと最近はアナモレリン(商品名エドルミズ)もあるね。
Dr.ニシ アナモレリン、ですか? 最近、よく名前を聞く気がしますが、どんな薬でしたっけ。
Dr.ミヤモリ 胃から分泌されて食欲を促進する内因性ホルモンにグレリンがあるのだけど、アナモレリンはこのグレリン様の作用薬なんだ。実際に、アナモレリンを使用したランダム化比較試験でプラセボと比較して食欲が増し、体重も改善したという報告がある3)
Dr.ニシ 本当ですか! だとしたら、アナモレリンを処方するのが一番の近道ですね!
Dr.ミヤモリ うん……。ただ、アナモレリンが「夢の薬」ってことはなくて、その他の研究の結果を合わせて見てみると、確かに食欲は改善して体重は増えるものの、筋力(身体機能)やQOLは改善していないんだ。だから欧州医薬品庁(EMA)や米食品医薬品局(FDA)はアナモレリンの承認申請を却下している。EMAの報告書では、「アナモレリンの除脂肪体重の増加はわずかで、身体機能やQOLに対して信頼に足る、臨床に直結する成果を得られなかった」とあり、「潜在的リスクがベネフィットよりも高い」と結論付けているんだ。
Dr.ニシ そうなんですか……。日本でもてはやされているからといって、海外の評価も併せて考えないと危ないですね。
Dr.ミヤモリ そうだね。ただ、体重増加と食欲改善効果が得られる薬剤がある意味は大きいよね。患者さんや家族は、「体重が低下すること、あるいは増えないこと」「食事が十分に食べられないこと」に対し大きなストレスを抱えていることが多々あり、それを改善できる選択肢があることは、緩和ケアの観点からしても大きな価値だとは思うんだ。実際、アナモレリンで効果が得られ、笑顔になる患者や家族の顔を見ていると、この薬剤はきちんと評価されるべきだろうとは思うね。
Dr.ニシ そうですね。
Dr.ミヤモリ ただ、カドタさんの場合は、少なくとも今のところは、薬だけに頼った介入では不十分と考えていた方がいいと思うよ。まずは外来で診察して、その上で栄養士さんと連携していくのが大事じゃないかな。
Dr.ニシ そうですね。カルテを見る限り、栄養士さんからの栄養指導は受けていないみたいですし、相談してみます!
Dr.ミヤモリ 本当は運動の介入もできればベターなんだけど、外来通院でのリハビリはなかなか難しい場合も多いからね。まずは栄養士さんや外来化学療法センターの看護師さんと、チームを作っていくのが大切だよ。こういった複合的介入が有効かどうかもこれから研究すべき分野だね。
Dr.ニシ ありがとうございます。

ポイント

・悪液質は誤解(過小評価)されている。まず医療者が悪液質についてきちんと知ることが大事。 ・アナモレリンは期待できる薬剤だが、薬だけでは十分な効果は期待できない。栄養療法と運動療法などを複合的に組み合わせる介入がよりよいアウトカムにつながる可能性があり、研究が進められている。

【参考文献】
1)W D Dewys, et al. Am J Med. 1980;69:491-7.
2)M Kimura, et al. Support Care Cancer. 2015;23:1699-708.
3)JS Temel, et al. Lancet Oncol. 2016;17:519-31.

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Dr.西&Dr.宮森の 高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです
(西 智弘 著、宮森 正 監修、4400円〔税込〕)

高齢者を遊びのない世界に閉じ込める医療ではなく、一緒に「生きる」を楽しむべきではないか。そんな思いを実践した、高齢者診療や緩和ケアの取り組み方を紹介します。

連載分に加えて、西先生、宮森先生にコラムも書き下ろしていただきました。

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著者プロフィール

西智弘(川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科)●にし ともひろ氏。2005年北海道大学卒。家庭医療専門医を志し、室蘭日鋼記念病院で初期研修後、緩和ケアに魅了され緩和ケア・腫瘍内科医に転向。川崎市立井田病院、栃木県立がんセンター腫瘍内科を経て、2012年から現職。

連載の紹介

Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」
多様な患者さんの姿をユニークに捉え、楽しみながら高齢者診療を行う宮森正氏の「経験から得た言葉や技術」を、それを支えるエビデンスと共に愛弟子の西智弘氏が綴ります。腫瘍内科と緩和ケアの統合を目指し、腫瘍内科・緩和ケア・在宅診療を、ケアセンター科が一括して担う川崎市立井田病院ならではの取り組みも併せて紹介していきます。

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