前回の振り返りからです。
・合理性は一貫性(Consistency)と推移性(Transitivity)から理解する
・Conflictは我々の意思決定を恣意的に変化させ得る
・合理的ではない選択に影響を与える理論はたくさんある
ということで解説させていただきました(関連記事)。特にConflictについては、もともとの聞き方に何も手を加えていないのに
で我々の意思決定が変わってしまうことに関して、実験を通じて解説させていただきました。
さて、今回は皆さんも聞いたことがある参照点についても触れていきたいと思います。
どこを基準とするか、それが重要だ
いやあ、前回まで経済学的な理論はたくさん勉強していただいたと思います。例えば、「効用」「効用関数」という言葉は覚えてくださっているでしょうか?
Annaの例をもって、効用関数を紹介しましたが、今回はこれを少し発展させて考えてみましょう。Annaのときには、$100を持っていました。その上で、効用関数をもって計算された効用を比較していましたよね?(関連記事)
前回には選択肢(効用関数のVariable)によって効用関数が規定されていましたが、さらに【参照点】を足したいと思います。
Cartwrightによれば、効用を考えるときに次の例を示しています。

この質問に対して皆さんはどちらを選ぶでしょうか。「2」を選ぶ方が多いのではないかと思います。「1」は最初に比べて100万円も減ってしまっているのに、「2」は最初に比べて10万円増えていますからね。ただ、よく考えてみてください。“最終的な”【効用】は、金銭的なものだけで考慮するならば、「1」では300万円、「2」では110万円で、手元にある金額としては300万円の方が110万円よりも多いわけですから、最終的な効用は300万円の方が高いわけです。ただ、誰もが「1」では幸せではないと感じて、「2」の方が幸せだと感じるということです。つまり、我々は最終地点だけではなく、“今”の時点からの変化を知らず知らずのうちに重視しているということです。これについて経済学では、Gain-lossという表現も用いられます。
価値観数
Cartwrightの教科書では

(式1。u:効用関数、Vは価値観数。rは参照点)
と記載されています。もう少し平易に解説すれば、
効用(rという視点から見た効用)=(最終的な絶対値としての効用)+(それをrという視点から見た価値)
となります。
この式は、これまで最終地点の効用だけで評価していたところに、参照点という“今”の視点を入れています。結局、今の時点から見て、それぞれの意思決定がどうか? ってことです。
もう少しだけ細かいことを言うと、式のv (x-r)というvはValue function(価値関数)と呼ばれます。理解しやすいのは、今400万持っているのに100万減少するというその損(価値)を表しているのです。効用と別の関数を用意していることがポイントです。
おいおい、なんだ価値関数って、また新しい用語を出してきたな……と突っ込みがきそうです。実は、この関数こそ皆さんも一度は目にしたことがあるかもしれない、次のプロスペクトの曲線になります(図1)1)。

図1 プロスペクトの曲線
さすがに、最近、行動経済学についての基本的知識がかなり一般化してきましたので、図1はご覧になったことがある方もたくさんいらっしゃるかと思います。重要なグラフですが、ポイントは次の通りです。ここでも価値は、個人の感じる価値と思ってください。
1. Gain=利得があると価値は上がる
2. Loss=損失があると価値は下がる
3. GainとLossではLossの方が傾きは強い=同じ程度の変化ではLossの方がVALUE(価値)に対する影響が大きい
4. (それぞれ凸型の形を示している:利得局面ではConcave :上に凸、損失局面ではConvex:下に凸)
この中でも、「3」は“損失回避”と表現されていて、損をする方が嫌だ=価値の変化の絶対値を重くとるというのが有名な事実だと思います(「4」は今後の連載で取り上げたいと思います)。
「同じ程度の変化ではLossの方が強い」からは、多くの人が損したくないという強い想いが感じられるわけです。ちなみに私自身、効用も価値関数もごっちゃにして考えていました。自分のような医療者からすれば、どっちでも最終的なポイントは変わらないんじゃないかなと感じてしまいます。ですが、経済学の論文はそういうことを許してくれません。「効用」や「価値関数」という成分を別々に考えていくことこそ、学問的であります(別々に考える視点は、大変勉強になります)。