新井 そもそも、卵巣がんは検診によって早期発見することが難しいがんです。BRCA遺伝子変異を原因とするHBOCでは、漿液性腺がんが多く、腹膜播種を伴うstage3以上で発見されるケースが少なくありません。そこで選択肢の1つとして注目されているのが、このリスク低減両側卵巣卵管切除術です。NCCNのガイドラインでも「理想的には35~40歳の間に、出産の完了に伴って、あるいは家系内の最も早い卵巣がんの発症年齢に基づいて、リスク低減両側卵巣卵管切除術を勧める」とされています(下記参照)。
―海外では、この手術がもう普及しているのですか。
新井 この予防的切除の実施について考え方は普及しており、米国ではHBOCの遺伝カウンセリングの際にこの予防的手術の説明は必ず行われます。ただ、欧米でも遺伝カウンセリングを受けた多くの患者さんがこの手術を受けているわけではありません。MDアンダーソンがんセンターのデータでは、遺伝カウンセリングから遺伝子検査へ進む人は59%、BRCA1/2に遺伝子変異が認められた場合、その半数はサーベイランスを選択しています。実際にリスク低減卵巣卵管切除術を受ける人は変異陽性者の4分の1です。社会的な背景もあると思いますが、生命予後に関わる遺伝的リスクがあるといっても健常な臓器を切除するということになれば慎重になるのは当然かと思います。
患者への説明のポイント
―BRCA1/2遺伝子変異陽性者にこのリスクを説明することが重要になってきますね。
新井 1つは自費診療であることです。最初の患者さんは約90万円の負担になりました。5例ほど症例を重ねた段階で先進医療に申請することを計画していますが、現在は診療に関わる全ての費用が自費となります。
もう1つは、閉経前の患者が多く対象となりますが、人工的な閉経に伴う更年期障害や骨粗鬆症などの有害事象が生じる可能性があります。最初のケースでは、軽度のホットフラッシュなどの症状が見られたということですが、今のところそれ以外には大きな有害事象は出ていないようです。手術である以上、術後の合併症のリスクもあります。
当人は「手術を受けてよかった」と話しており、不安の軽減につながっていると思います。この患者さんは「ほかの患者さんのためにお役にたちたい」という思いが強い方で、この手術を受けることを考えている患者さんと電話で話しをするという交流の場も提供してくれました。
我々は決してこの手術を強制することはありません。客観的にデータを示して、その後の対応については患者さんが主体となって決定します。
―この治療は、がん研有明病院では臨床試験と位置付けていますね。
新井 慶応義塾大学病院では当院に先駆けてこの手術を行っています。当院では、院内にワーキンググループを設置して、院内倫理審査委員会などの委員会で約1年半をかけて慎重に議論してきました。