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“イレッサ”ある分子標的治療薬の軌跡 第2回
迷走する“イレッサ”
近畿大学医学部腫瘍内科 特任教授 西條 長宏

2012/08/01

7)WJTOG0203試験(国内で行われた初回化学療法、化学療法をそのまま続ける群と“イレッサ”に切り替え治療する群)
(Takeda K. et al, J. Clin. Oncol. 28:744, 2010)
 WJTOG0203試験は、前治療のない進行または再発NSCLCに対し、プラチナダブレットを6コース行う群と、3コース行った後に“イレッサ”に切り替え治療を行う群との比較試験である。各群の割り付けは最初のプラチナダブレット投与前に行われた。2003年3月から2005年5月までの間に605例が登録され、主要評価項目はOSであったが、ハザード比は0.86(0.72~1.03)、p=0.11で有意差には至らずnegative dataであった。

 無増悪生存期間(PFS)では有意差(p<0.001)をもって“イレッサ”群の方が良好とする成績が得られているものの、PFSの評価には様々なバイアスが影響し結果が修飾されるとともにブラインド化されていなかったため、あくまでも参考的なデータと思われる。

 また後層別解析によると腺がんでは、“イレッサ”群のOSが良好(p=0.03)と報告された。この研究は最近流行しているスイッチメンテナンス治療の亜型とも考えられる。この研究ではEGFR変異などのバイオマーカーの解析が、計画されていなかったため、残念ながらファジーな結論とならざるを得なかった。

予測に反するデータの山

 EGFR変異が治療効果の予測因子であることが判明される前に開始された主な臨床試験について筆者の考察を交えて解説した。

 この10年間は、分子標的治療薬の特性を全く念頭に置かず、殺細胞性抗腫瘍薬の経験に基づき強引に臨床試験を繰り返し、予測に反するデータの山を築いてしまった10年間といえる。

 臨床試験のデザインに薬剤の特性を反映させようと思っても、標的の違いによって治療効果が異なる薬剤を扱うことはこれが初めてであり、有効な検証手段が乏しかった。こういうと言い訳になるだろうか?“イレッサ”裁判の法廷ではINTEREST trialまでのデータで議論が行われたが、これまで述べたとおり、それらの大半はnegative dataであり、原告側の弁護士は攻めやすかったはずである。

 一方の、メディアは自分達にとって都合の良いことを言うお抱え医師達に『承認取消を求めるコメント』などを所望し、それが新聞や週刊誌の絶好のネタとなったため、実際患者を診ていない医師や一般人には“イレッサ”の命は風前の灯のように見えたかもしれない。

 次回は、間質性肺炎を中心とする“イレッサ”による副作用、EGFR変異の発見、および個別化治療による“イレッサ”の起死回生への道について述べる。


[参考文献]
1)西條長宏、笹子三津留、横田淳 編集、「がん用語解説集」、エルゼビアサイエンス社、2002年12月
2)加藤治文、西條長宏、福岡正博、小林紘一、海老原春郎、井内康輝、早川和重 編集・監修、「肺癌の臨床」、M00K2008-2009,篠原出版新社、2008年3月
3)西條長宏 編集、「抗悪性腫瘍薬~肺がん~」、医薬ジャーナル社、2008年3月
4)西條長宏 監修、「癌の基礎から臨床へ:ベンチからベッドサイドへ」、篠原出版新社、2008年10月
5)西條長宏 編集、「日本臨牀 増刊号、がん薬物療法学─基礎・臨床研究のupdate」、日本臨牀67巻臨時増刊号、2009年1月
6)西條長宏、加藤治文 編集、「肺がん─改訂3版」、医薬ジャーナル社、2009年2月
7)西條長宏 監修、「肺がん化学療法2009」、エルゼビアジャパン社、2009年6月
8)西條長宏 監修、「がんの分子標的治療2009-2010」、ディープインパクト社、2009年9月
9)日本臨床腫瘍学会 編集、「入門腫瘍内科学」、篠原出版新社、2009年10月
10)日本臨床腫瘍学会 編集、「新臨床腫瘍学 改訂第2版」、南江堂、2009年11月
11)西條長宏、西尾和人 編集、「がん化学療法・分子標的医療update」、中外医学社、2009年10月
12)西條長宏 編集、「抗悪性腫瘍薬─分子標的治療薬」、医薬ジャーナル社、2010年7月
13)西尾和人、西條長宏 編、「がんの分子標的と治療薬事典」、羊土社、2010年10月
14)西條長宏 監修、「EBMがん化学療法・分子標的治療法」、中外医学社、2010年11月 
15)西條長宏、「がん免疫療法の進歩と問題点」、Mebio,メディカルレビュー社、2010年12月
16)西條長宏、「“イレッサ”の誕生と出合い」、日経メディカルCancer Review、20~28、2011年3月

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