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“イレッサ”ある分子標的治療薬の軌跡 第2回
迷走する“イレッサ”
近畿大学医学部腫瘍内科 特任教授 西條 長宏

2012/08/01

 国立がんセンター中央病院(当時)の国頭英夫氏(現三井記念病院呼吸器内科)も同じ考えであった。この説に基づくと殺細胞性抗悪性腫瘍薬と分子標的治療薬をhead to headで比較することはナンセンスであると思われる。この推定は2008年に結果が公表されたIPASS study(Mok TS. et al, New Engl. J. Med, 361:947, 2009) によって正しかったことが証明された。

 V15-32 trialは、わが国が関与した最初の第3相比較試験であり、厚生労働省は委員会を組織し、この研究結果を分析し次の見解を公表した。(1)V15-32trialでの間質性肺炎など、安全性のデータは従来の研究成果と差がない、(2)2ndまたは3rd lineの治療薬として“イレッサ”がドセタキセルを上回るとする証拠はない、(3)今回得られた生存曲線を十分分析し、“イレッサ”の臨床的意義をよく考える必要がある、(4)治療効果に及ぼす臨床病理学的因子、EGFR変異の影響を十分分析する必要がある─。

 この研究も予想と全く異なる結果を生み出したが、分子標的治療薬の効果の特殊性を示した重要な研究であったと思われる。

B) INTEREST trial (Kim E. et al, Lancet, 372:1809, 2008)
 INTEREST(IRESSA Non-small cell lung cancer Trial Evaluating Response and Survival against Taxotere)trialは、1,466例の前治療のあるNSCLCを対象にした“イレッサ”対ドセタキセルの比較試験で“イレッサ”群のドセタキセル群に対する非劣性の証明を目的としている。症例エントリーは2004年3月から2006年2月の間に行われた。

 EGFR変異に関わる論文発表の直前に開始された患者選択のない最後の研究といえる(並行して進んでいた国内で行われた試験に初回化学療法後、化学療法をそのまま続ける群と“イレッサ”に切り替える群の比較試験WJTOG0203がある。後述するが、この試験の症例登録は2003年3月に始まり、INTEREST trial より前の2005年5月で終わっていた)。1,466例が登録され、1,433例が解析対象となったが、ハザード比は1.020(0.905-1.150)でドセタキセルに対する“イレッサ”の非劣性が証明された。

 この研究に登録された患者の大半はCaucasian(約75%)で、アジア人は20%余りであった。ハザード比の値は両群間に差を認めなかった。この論文は、息も絶え絶えになっていた“イレッサ”にわずかな希望をもたらした。

 しかしよく考えてみればこのデータはISEL studyのデータと矛盾している。

 ISEL studyでは、今回と同じ前治療が無効であったNSCLCに対し、“イレッサ”群とプラセボ群の差を認めなかった。特にCaucasianでは全く差がなかった。

 一方、INTERESTのデータは同じような状況のNSCLCに対し、“イレッサ”はドセタキセルと同等の抗腫瘍効果を示した。ドセタキセルはNSCLCに対する2nd lineの化学療法として有効性が証明されていたが、もしISELのデータが正しいとすればドセタキセルは2nd lineの化学療法として無効ということになる。また逆に今回のINTEREST trialが正しいとすれば、ISEL studyの結果は何だったのだろうかということになる。

 “イレッサ”裁判でも原告側の弁護士が「INTEREST trialはpositive studyと言えるのですか」と尋ねてきたが、これは良い質問であった。この試験は統計学的にはpositive studyであるが、「医学的には何とも評価のしようのない結果」というのが本当のところのように思われる。

 試験の当事者は両trialに登録された患者背景の違いによって一見矛盾する結果となったと説明しているが、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。もしそうだとすれば臨床試験とは一体何をすることが目的なのだろうか。いずれにせよ、このような不確実な世界で研究に携わっているとすれば、患者に対して正確なメッセージを送ることが如何に困難であるかを痛感せざるを得ない。

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