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“イレッサ”ある分子標的治療薬の軌跡 第2回
迷走する“イレッサ”
近畿大学医学部腫瘍内科 特任教授 西條 長宏

2012/08/01

 実際にこれらの結果に基づき250mg投与が適切な投与量とされ、日本では2002年に世界に先駆けて承認された。承認後問題となる間質性肺炎をこの治験中に日本人2例に認めたが、いずれも500mg投与例で、承認用量250mg投与群との違いは見られなかった。1名の患者は薬剤投与を中止することにより回復した。最終的に2名とも原疾患の増悪で死亡した。

 これらの成績により、わが国で厚生労働省がZD1839を“イレッサ”として承認したことは合理的であり、妥当と思われる。

 特にドラッグラグが問題にされている時期にstart up lagがなければ、海外に先駆けて有効な新薬を承認し得ることを示した極めて重要な一里塚となった。

 この第2相Dose finding studyではEGFR変異の有無によって選別されない患者集団を対象に毒性の強度により治療量を決定している。EGFR変異(+)のNSCLC細胞株のEGFR-TKIに対するIC50値が変異(-)の場合に比べ、500~1,000分の1(500~1,000倍良く効く)であるとともに、仮にEGFR野生型のNSCLCに対しEGFR-TKIが全く効かないとすれば、現在用いられている“イレッサ”の1日1回250mg、“タルセバ”の同150mgはとんでもない投与量ということになる。EGFR変異(+)に限って適応があると考えた場合、投与量をもっと下げることが妥当と考える方が自然である。

 最近EGFR-TKIの減量試験が行われ、より少ない投与量でも十分な効果があると報告されている。一般的に抗悪性腫瘍薬は最大耐量使用し、やっと10~20%の患者に奏効を認める。したがって、“イレッサ”のようにがん細胞自身の持つ分子生物学的特性に作用する分子標的治療薬は全く異なる挙動を示す薬剤といえる。

 分子標的治療薬の至適投与量の決め方はトランスレーショナルリサーチと臨床試験をカップリングさせながらさらに洗練されたものに進化させる必要がある。

3)ISEL study(“イレッサ”と無治療群の比較-2nd、3rd line治療)
(Thatcher N. et al, Lancet, 366: 1527,2005)、BR-21 studyとの比較

 ISEL(Iressa Survival Evaluation in Lung Cancer)studyは、NSCLC患者(1,692名)を対象に“イレッサ”群とプラセボ対象群に無作為割付をした大規模な第3相試験である。症例のエントリーは28カ月間、210センターで行われた。データカットオフは2004年10月であった。

 この試験はエルロチニブを用いた同様の比較試験BR-21 studyと対照的な結果を示した。奏効率では“イレッサ”群が有意に優れていたものの(8%vs. 1%、p<0.0001)、主要評価項目である生存期間中央値(MST:Median Survival Time)、1年生存率はプラセボ群が5.1カ月、21%に対し、“イレッサ”群では5.6カ月、27%と両群間に有意差を認めなかった(p=0.087)。更に腺がんに限定しても両群間に差を認めなかった。

 一方、エルロチニブを用いたBR-21 studyでは全生存期間(OS: Overall Survival)に差を認めるとともにサブセット解析では奇妙な結果が得られている。即ちOSは女性で両群間に差がなく、男性では有意差があり、有意にエルロチニブ群が優れている。

 また腺がんのみならず扁平上皮がんでもエルロチニブ群のOSが優れている。実にEGFR-TKIが最も効き難い男性、喫煙者でもOSに差を認めた。これらの点がBR-21 studyの結果を素直に認め難い理由となった。一方で、ISEL studyのサブセット解析結果をどう扱うかについても大きな議論になった。

 ISEL studyでは非喫煙者(MST 8.9カ月vs. 6.1カ月、p<0.012)、アジア人(MST9.5カ月 vs. 5.5カ月、p=0.01)で“イレッサ”の延命効果を認めた。一方Caucasian(白人)では生存期間に全く差を認めなかった。試験前に予定されていた解析であったにも関わらず、この成績は「サブセット解析である」という理由で評価対象とならなかった。

 国内では、このアジア人に日本人は含まれていないため、このサブセット解析結果は「あくまでも参考データであり日本人に対する有効性が証明されたものではない」とする考え方を持つ研究者も多かった。“イレッサ”の法廷での証人尋問等で原告側弁護士は、この点を金科玉条(最も大切な法律・規則、golden rule)の如く主張した。

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