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“イレッサ”ある分子標的治療薬の軌跡 第2回
迷走する“イレッサ”
近畿大学医学部腫瘍内科 特任教授 西條 長宏

2012/08/01

 この発言は“イレッサ”投与例の死亡が薬のせいにされてしまうことを危惧したものであったが、立場の異なる原告側の弁護士が聞けば、嬉し涙を流すような発言だったのかもしれない。

 また、2011年裁判所が出した和解勧告には『イレッサが副作用の少ない経口薬であるため安易に使用される可能性があることが危惧される旨を述べる専門家もあった』と記載されているが、まさにこの対談を引用したものと推定される。

 この頃の研究者の“イレッサ”の効果に関するコメントを振り返ると、筆者など臨床症例を数多く経験した医師は極めて慎重な発言をしている。一方、基礎の研究者や肺がんの臨床経験が少ない自称専門家らは「夢の薬」ともてはやし、それにメディアが乗った構図が明確であるように筆者には思える。

2)IDEAL I II study(第2相試験)
(Herbst RS et al , J. Clin. Oncol. 20:3815,2002, Fukuoka M et al, J. Clin. Oncol. 21:2237,2003)

 IDEAL(Iressa Dose Evaluation in Advanced Lung Cancer) study1および2の臨床試験は、各々2000年10月~2001年1月、2000年11月から2001年4月まで行われた。わが国が参加したのはIDEAL 1 studyである。

 IDEAL 1 studyには日本および欧州、オーストラリア、南アフリカの患者がエントリーした。既に化学療法治療を受け無効であったNSCLC患者を対象とした。この試験は対象患者をZD1839を250mgおよび500mg投与の2群に分けた比較第2相試験で計210例が登録され、近畿大学の福岡氏が2003年にJ. Clin. Oncol.誌に投稿し、掲載されている。

 評価可能症例数は安全性209名、抗腫瘍効果が208名であった。奏効率は250mg投与群18.5%(19/103)、500mg投与群19.1%(20/105)で両群間に有意差を認めなかった。奏効率は日本人で27.5%と高く、非日本人では10.4%であった。つまり人種差が認められる可能性が強く示唆された。

 また米国人を対象としたIDEAL 2 studyの奏効率は、10%程度とIDEAL 1 studyの非日本人の奏効率とほぼ同程度であった。IDEAL 1 studyの効果を左右する因子として患者の全身状態、組織型(腺がん)、および性差(女性)が指摘されたが、人種の違いによる違いは認められなかった。この成績の正しい評価は、後のIPASS studyの計画がなされ、その結果が得られるまで棚上げにされた。この棚上げがその後の“イレッサ”の運命に大きな影響を与えることになる。

 特に治療効果の人種差を打ち消すような統計解析(多変量解析)がなされたことは、今から振り返ってみても大問題であった。満塁ホームランを狙いストレートにヤマを張っていた所へ大きく落ちるフォークボールが来たため、空振り三振をしてしまったとしか表現のしようがない。

 IDEAL 1の結果から、筆者は必ず奏効率の人種差が存在すると確信していた。これは“イレッサ”の裁判で原告側弁護士や裁判所がやったような後出しじゃんけんではない。何故27.5%対10.4%の差が「差がない」となったかについては、その時点で次のように考えていたし今でもその推定は正しいと思っている。

 予後因子の単変量解析による日本人対それ以外の人種のodd比は3.27(27.5% vs. 10.4%、 p=0.0023)であった。一方、多変量解析の結果、odd比は高い順に(1)全身状態6.29(p=0.081)、(2)免疫療法/ホルモン療法前投与例 6.01(p=0.011)、(3)組織型3.45(p=0.021)、(4)性差2.65(p=0.017)、(5)人種差1.64(p=0.25)となっていて、人種差は見事に「有意差なし」の因子になっている。

 注目すべきは免疫療法/ホルモン療法前投与を予後因子として取り上げている点で、その内容であるが、注釈にはピシバニール、治験薬、ミノマイシン、マリマスタット、タモキシフェンとなっている。何名がどの治療を受けたかの記載はないが、恐らく大半は日本人であったのではないかと推測される(全くの推測であり、事実は不明である)。

 多変量解析の予後因子に免疫療法/ホルモン療法前投与が加えられた理由は、筆者にはいまだに不明である。明らかなのは、この解析によって“イレッサ”による個別化医療の実現が少なからず遅れてしまったという事実である。

 もちろん日本人以外に対しても、他の治療が全く無効なNSCLCに対する奏効率10%はまずまずの成績で、全く効かないとは思わなかった。副作用として頻度が高かったのは皮膚障害、消化器症状、肝機能異常(ALT、AST上昇)などで、いずれも500mg投与群の方に頻度が高かった。

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