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「神奈川モデル」で新型コロナの流行に挑む
中等症の患者を集めて高次病院の負担軽減目指す
神奈川県新型コロナウイルス感染症対策本部 医療危機対策統括官の畑中洋亮氏に聞く

 神奈川県が3月25日に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策に際して医療崩壊を防ぐために構築すると発表した「神奈川モデル」。これは、酸素投与が必要な中等症の患者を受け入れる「重点医療機関」を設置することで、高度急性期医療機関で人工呼吸やECMOが必要な重症患者に適切な治療を施すことを柱とした政策だ。このモデルを組み立ててきた、神奈川県新型コロナウイルス感染症対策本部 医療危機対策統括官の畑中洋亮氏に話を聞いた。

――神奈川県モデルの狙いは何なのでしょうか。

畑中洋亮氏●2006年慶應義塾大学理工学部化学科卒、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻修了。アップルジャパン、アイキューブドシステムズ、コトブキなどを経て、2019年5月に一般財団法人「あなたの医療」を設立、現在同法人の代表理事。

畑中 最初に考えたのは「医療をどう守るか」ということだ。2月に相模原中央病院での医療職の感染というニュースを聞き、コロナ対策は消毒や症状への対処などの感染症対策や治療法だけの話ではなく、医療全体のキャパシティーマネジメントをどうするのかという話だと考えた。

 1つの病院が機能を失ったのをみて、近々で複数の医療機関で同様のことが起こり、医療提供体制が崩れると考えたのだ。当然、現場の医療機関は、COVID-19対策だけでなく、地域医療も守らなければいけないし、救急医療もやらないといけない。医療全体をどう守るのかという問題に答えを出す必要があった。

 現在、感染症法に基づいて、帰国者・接触者外来などで新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)への感染が明らかになった場合、症状の軽重に関係なく感染症指定医療機関などに送ることになっている。だが、神奈川モデルでは、COVID-19が流行期に入った際には患者を酸素投与が不要な「無症状・軽症」と、酸素投与が必要だったり基礎疾患がある「中等症」、人工呼吸やECMOが必要な「重症」の3種類に分けた。無症状や軽症の患者は自宅や宿泊施設で、中等症の患者は重点医療機関で、重症患者は救命救急センターなど高度急性期病院に収容する(図1)。

図1 神奈川モデルにおける各医療機関の位置付け

 なお、蔓延した際には、地域によってはPCR検査を行う集団検査場を設け、検査・診察を行って重症度を判断することも視野に入れるべきと考えている。そこから重症度に応じた病院に搬送する流れも現在議論を進めている(図2)。

図2 神奈川モデルで想定している患者の流れ

――他にない「重点医療機関」を設置されたのはなぜでしょうか。

畑中 私は神奈川県のCOVID-19対策に参画した当初から、藤沢市民病院の阿南英明先生と議論を重ねていた。現在、私と共に神奈川県の統括官を務める阿南先生は、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス(DP)号」に入った災害派遣医療チーム(DMAT)を率いていたからだ。

 大量のSARS-CoV-2感染者が発生し、搬送先手配を多数行う必要があったDP号の現場で何が求められたのかを阿南先生に聞くと、DMATとして活動する際にまず困ったのが最初の患者の振り分けだったという。軽症だと思っていた患者が急に重症化することがあるため、どの医療機関に搬送すべきか分からないというわけだ。送った先で急に重症化、ICUをいきなり占拠することになって通常業務が回らなくなった場合があったという。

 そこで、基礎疾患を持っていたり、酸素投与が必要になる可能性がある人はとりあえず入院する施設がないと、送り出すところで詰まってしまうことが分かった。

 また神奈川県の対策本部では、県内の約350病院すべての状況を日次・週次など定期的に調査する体制を組んだが、3月9日時点で、既にCOVID-19患者の発生や、学校閉鎖に伴うスタッフ不足などにより約10%の病院が外来・入院機能を制限したり、閉めるなどの影響が出ていることが明らかになった。これは大きな衝撃だった。N95マスクなど個人防護具(PPE)も足りないし、全校休校などの影響で医療者も足りない。院内感染の問題も発生していた。地理的に散発的に発生を始めたキャパシティー低下という事態を確認し、この問題を解決するためには、重症患者を診る高度医療機関に患者を集めるしかないと考えた。

 この考え方を、県内医療関係団体・関係者を集めた協議会で示した。だが、協議会では、ICUなどの集中治療は必要ないものの、酸素吸入や基礎疾患などがあり、医療管理が必要な「中等症」の患者が多いことが提示され、それを踏まえた「ハイブリッド型」の選択と集中のモデルが生まれた。重症患者を診る高度医療機関に患者を集めるためには、高度な技術を持つ多くの医療職を1カ所に集める必要があり、患者が増えた際にも対応できない。だが、酸素飽和度が下がっているだけならば、求められる医療レベルは高度医療機関ほどではなくなるからだ。また、医療資材も満遍なく提供することが難しい状況が続いていた。だから、重症患者をみるのではなく、酸素投与が必要な程度の患者を集める「重点医療機関」を設置するべきと考えるに至ったのだ。

 とはいえ、重点医療機関となると、感染対策の観点から、基本的には病棟単位でCOVID-19患者専用にする必要がある。既に入院している患者を退院させてベッドを開けるなどの措置が必要になり、新たなウイルスへの感染対策などへのスタッフの不安や、当時すでに発生していたSARS-CoV-2感染者受け入れ病院へのいわれのない風評被害、それが引き起こし得る病院としての収入減など、各病院との交渉は難航することが容易に想像された。

 ただ、地域全体での医療のキャパシティーマネジメントという視野に立てば、重点医療機関は必要な機能であり、そのような医療機関がなければ共倒れになってしまうことは、医療団体・医療機関、そして厚生労働省など皆が共感してくれた。蔓延期が迫る中、非常に速いペースで準備開始せねば間に合わなくなるため、十分な説明・対応ができたとは思えず、多くの関係者、特に現場の病院スタッフの方々にはつらい思いもさせてしまっていると思うが、医療を守るために県として必須な事業であるとの判断がなされた。個々の病院としては、私立病院からではなく、国立病院や県立病院から重点病院となるべくお願いするべきと考えた。

 現在、重点医療機関は3病院だが、既に私立病院も含めて多数手が挙がるようになり、今後は病院数は増える見込みだ。重点医療機関はもちろん、重点医療機関に対して支援スタッフを出した医療機関なども含めて、どのように補償をしていくかは今後の議論だろう。国に対しても働きかけていきたい。

 また、引き続きPPEが不足する中、政府や他都道府県から神奈川県に支援物資が届いている。自治体によっては地元の医師会などへ配布を任せているケースもあると聞くが、県全体をふかんして戦略的な配分をするため、県が中等症以上の患者を診る医療機関・その病院群と連携する医療機関に重点的に配布している。

――COVID-19が流行した場合のベッドコントロールはどのように行うのでしょうか。

畑中 対策本部は空床状況を把握・共有・搬送調整を行なっている。現在、一般的な空き病床を報告する仕組みは、消防なども含めて広く閲覧できるシステムがあったが、COVID-19患者専用の病床を把握する仕組みとして、より特化した仕組みの構築が必要と考えた。通常、緊急時に新たなシステムを導入することは控えたいところだが、今回はそれでも必要だと判断し、サイボウズのkintoneというクラウドサービスを用いたシステムを新規に構築した。高度医療機関など、COVID-19の患者を受け入れる医療機関からにIDとパスワードを配布を始めた。COVID-19患者を受け入れる医療機関同士で、COVID-19患者に対応できる病床の空き状況を把握してもらおうというわけだ。

――開業医はCOVID-19診療で力を発揮するタイミングはないのでしょうか?

畑中 現在、県医師会や病院協会の皆様と密にコミュニケーションをさせていただいている。地域の診療所などには、今後、特定の医療機関に紐づかない集合的に検査ができる外来を設置した場合などに、問診などで協力をお願いする可能性は大いにあり得ると考えている。引き続き、相談をしながら進めていきたい。平時の医療の中で後回しできないものを維持しつつ、COVID-19にも対応できるように機能分担して効率化するのが神奈川モデルだ。

――畑中さんはもともと一般財団法人の理事長です。なぜ神奈川県のCOVID-19対策に携わることになったのでしょうか。

畑中 2019年8月から未来創生担当の顧問として神奈川県にかかわっている。その中で医療のICT化や急性期医療のネットワークの検討会などで県庁の医療担当者や阿南先生ともやり取りを重ねてきた。

 相模原中央病院での医療職感染のニュースを聞いた直後、「すぐに個別の病院の状況をふかんして把握する必要がある」「情報収集や分析を起点としたコマンド・アンド・コントロールを立ち上げないといけない」ということを副知事に伝えたところ、すぐにプロジェクトが立ち上がり、私も参画することになった。

 現在はCOVID-19対策の担当は100人ほどいる。当初は10数人で行っていたが、全庁的な危機感のもと、必要な増援などは急ピッチで進んできた。神奈川県は、危機感が全国的にも高いのではないだろうか。また、民間の力も積極的に取り入れている。私以外にも、慶應大学医学部医療政策・管理学教室教授の宮田裕章氏や、LINEの執行役員、江口清貴氏など民間の人も多く参画頂いている。それも、マネジメントを行う人間だけでなく、現場の人間でも広報や調査など、県庁にいない人材は民間から集めている。

 神奈川県は黒岩祐治知事の強いリーダーシップのもと、庁内はもちろん、官民問わず、最も最適なチームで、必要な打ち手を最速で打ってきた。これが我々の戦い方であり、広義の「神奈川モデル」なのだと思う。

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