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緊急寄稿◎国が団結して対処して来たシンガポール
マスクへの考え方が4月に入って大きく転換

2020/04/07
林啓一(RafflesJapanaseClinic)

はやしけいいち○東京大学卒。東京大学、米ハーバード大学院、国連児童基金、帝京大学、成育医療センター、上海ParkwayHealthなどを経て、2013年5月より現職

 日系クリニックでプライマリケア診療を担当している立場から、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)についてシンガポールの状況をお伝えしたいと思います。

 4月3日にリー・シェンロン首相は、COVID-19の流行から3回目となる国民への語りかけを行いました。生活に不可欠なサービスなどを除いた大半の職場は4月7日から閉鎖、学生に対しては8日から自宅学習(といっても、いわゆるオンライン学習とは異なり、動画を見ながら運動をするプログラムなどもあります)が求められます。運動のための屋外活動は認められますが、同一行動ができるのは同一世帯の家族と安全間隔を保った上でのこととなります。シンガポールでは、学校では早期から朝礼など多数が集まることはなくし、「CCA」と呼ばれるクラブ活動も3月23日から中止となったり、学校での食事の席が固定になったりして自宅学習への移行を試行していましたが、一歩進んだ形となります。自宅で学習できない学童や保育が必要な児のケアは継続できるようです。

 中国との繋がりも強いシンガポールですが、武漢でのアウトブレイク後すぐに水際対策を取り、徐々に厳しくしていきました。人口密度が高く高齢化も進んでいる社会ですが、警察やシンガポール軍の協力もあり、武漢からの観光客から土産店で広がったクラスター、武漢帰りの礼拝者から広がったプロテスタント教会でのクラスタ-などしっかりと接触者追跡ができており、その対策はWHOに賞賛されていたほどです。

 日本と同様にシンガポールでも“三密(密集・密閉・密接)”は避けるよう、皆が注意しています。そのために定点カメラやGoogleMapの人混み情報を活用している人もいますが、シンガポールでは国が作ったSafe Distance@Parksで公園の混み具合を、SpaceOut.Gov.Sgでモールなどの商業施設の混雑具合をチェックできるようになりました。

写真1 1つおきに開けるように指示された飲食店の席

 感染者の情報は、国籍、性別、年齢、居住地(通りの名前まで)、勤務地などが公表されます。例えば、この中でcase100として紹介されている患者さんは軽快退院し、経験をSNSで公表し、その内容は広くWhatsAppで出回っています。また、case432まではシンガポール国営放送(CNA)が感染者のつながりを作成しています。世界に先駆けて抗体検査が利用できるようになり、クラスターのリンクが抗体検査で繋がったことも新聞で1面で報道されるニュースになりました。

 COVID-19患者への接触者追跡では警察、監視カメラ、軍、ボランティアが協力してさらに強化中です。輸入例が報告されたころ、近距離で一定時間以上接触した人を追跡にするためにスマートフォンのBluetoothが判定に使えるのでは、というアイデアを現役医師が発案していました。これを受け、Government Technology Agency of Singaporeが「TraceTogether」というアプリを1カ月でローンチしました。個人情報は取らずに接触者追跡を簡単にしようという試みです(Help fight the spread of COVID-19 with TraceTogether!)。これならば個人情報を取らずに達成できるかもしれません。もちろん政府への信任がないと利用者が増えず意味を成しませんが、シンガポールならばなんとかなるかもしれません。今後に期待です。

 2003年のSARSの封じ込めなどの経験と、バイオ立国も目指す国からの支援もあり、積水化学の子会社がいち早く、3時間でPCR検査をできるキットを実用化。既に空港で症状がある人に利用されています。WHO経由ではなく、中国から直接、数日早くウイルスの遺伝子配列の情報を受け取っていたともいわれています。

 また、マスクについては当初、「症状がある人が装着するもので健康な人は不要」としており、2月には各世帯にサージカルマスクを4枚ずつ、病気になった時用として配布しました。この方針は一部議論にもなりましたが、3月上旬に約1000人を対象とした調査で、常にマスクをしているのはたったの6%でした。

 ただ、徐々に発症前からの感染リンクが明らかになったり、マスクすることで多少はウイルス排泄が減りそうだというデータが明らかになったことから、4月3日には「他人にうつさないさないためにマスクの装着を許容する」という発表がありました。そして、4月5日からはリユースできるマスクが、バーコードのIDを所持している外国人を含めて1人1枚ずつ配布されました。専用サイトに入力すると、配布場所までの距離と地図が示されます。間違いを素早く修正し、配布するスピードは流石です。

 受け渡しも屋外のテントの下で、行列も安全間隔を取り、バーコードのスキャンで同居のメイドの分なども受け取りできるのでスムーズでした。どうしても動けない人には宅配を手配するためのホットラインもあります。

写真2 配布されるリユースできるマスク

10ドルで受診、必要に応じて患者を移動させて検査

 医療機関も対応を進めています。スタッフの海外旅行の禁止や届け出義務付け、帰国後の14日観察の他、兼業の制限を設けたりしました。また、シンガポールは医療ツーリズムの訪問先で、当院も入院の4割は国外からの患者です。ですが現在は医療資源を国民に割り振るため、医療を目的とした入国も認められていません。

 また、約900のプライマリケア・クリニックが「Public Health Preparedness Clinic(PHPC)」と呼ばれる有事に発動される仕組みに組み込まれ、政府のサポートを受けて熱や呼吸器症状のある患者を10ドルで診察(高齢者は5ドル)、3~5日様子を見てトリアージの必要があれば専用救急車で専門病院に患者を送ってPCR検査を行っています。CTが汚染されたり、検体の採取によるクリニックの汚染ということはありません。人口密度が高く、狭いシンガポールだから可能なシステムなのでしょう。

噂話などは国が素早く統制

 現在、政府からは1日2回、(登録してあった場合)個人の携帯メッセージに情報が発信される他、ラジオやテレビでも重要なことが簡潔にまとめられ、伝わってきます。噂の否定も政府から直接行われるので安心できます。

 シンガポールではメディアの統制が取れており、SNSでのフェイクニュースが少しは出るものの、テレビ、ラジオ、新聞では間違ったメッセージは皆無です。噂も政府のSNSでしっかりと否定されるので、パニックやインフォデミックはかなり抑えられています。4月3日からの新型コロナウイルスの感染拡大のペースを減速させるための行動制限を、発表前にリークした公務員夫妻は既に逮捕され、厳罰に処されると報道されています。「COVID-19に有効」とうたう健康商品などに対してはHSA(Health Science Authority)の対応も迅速です。2月上旬、警戒レベルが上がった際にマレーシアとの行き来が制限されたことで一部国民がパニックになり、トイレットペーパーや食品などを買い占める動きもありましたが、食品とトイレットペーパーは1~2日で、消毒薬は1~2週間で戻ってきた感じです。サージカルマスクも割高ではありますが販売されてはいます。

写真3 当初は健常者はマスクをしないよう報道されていた

 シンガポール建国の父と敬われたリー・クアンユー元首相の息子、リー・シェンロン首相の国民への語りかけは、4月3日以前にも、警戒レベルがイエローからオレンジに上げられたことでトイレットペーパーの買い占めが起こった2月8日と、WHOがパンデミックを宣言した直後の3月12日にも行われています。長期戦になりえること、経済的、心理的なサポートにも言及しており、英語だけでなく国語であるマレー語や中国語でもスピーチしており、適切なタイミングで正しいメッセージが伝えられていると思っています。

 他にも、元眼科専門医で総合病院院長もつとめた、外務大臣のヴィヴィアン・バラクリシュナンも、今回の戦いが少なくとも1年は続くため長期化に備えるよう、わかりやすく解説しています。「正当にこわがる」危機意識の共有がリーダーと国民とで醸成されていると言えるでしょう。

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