西日本豪雨によりお亡くなりになられた方にお悔やみを申し上げます。被災地でも連日30℃を上回る日が続き、避難所での生活を強いられている方々の健康状態が心配されます。避難所生活も長くなっていく中、今後、どんなことに注意すべきか、日本老年医学会高齢者医療委員会高齢者災害医療小委員会の委員長を務める荒井啓行氏(東北大学加齢・老年医学科科長、教授)と、東日本大震災の際、気仙沼市で診療に当たっていた経験を持つ東北大学加齢・老年病科准教授の冲永壯治氏に聞きました。


日本老年医学会高齢者医療委員会高齢者災害医療小委員会の委員長を務める荒井啓行氏(東北大学加齢・老年医学科科長、教授)

──日本老年医学会は西日本豪雨(平成30年7月豪雨)による被害が明らかになっていく中、早々に高齢者支援のための参考資料を発表しました。

荒井 はい。日本老年医学会では、一般救護者用の災害時高齢者医療マニュアルを作っており、生活上の注意をまとめています。具体的には、虚血性疾患や脳卒中、感染症、脱水症、栄養障害を始め糖尿病や喘息、認知症やうつ、せん妄など、避難所での高齢者の重要な疾患の特徴と予防法をまとめているほか、意識障害やショック、呼吸困難や急性腹症など高齢者急性疾患の症候、嚥下障害や下痢、便秘など注意を要する症状についてまとめたものです。

 これは、被災した住民、および現地の消防団員やボランティアの方々に使ってもらいたいと思って作成したもので、このマニュアルにある症状が高齢者に出ていないかどうか確認していただき、出ていたらすぐに医療者に知らせてほしいと思います。

 このマニュアルは、2007年に石川県輪島市を中心に起こった能登半島地震の際、開業医の先生から「災害時に高齢者診療の参考になるマニュアルがほしい」というご指摘を受け、金沢医科大学高齢医学の森本茂人先生が中心となって作成したものです。実は、このマニュアルができたのが、2011年3月23日です。そう、東日本大震災の直後で、早速役立ちましたし、一昨年、熊本県を中心に起きた熊本地震でも被災地で使われました。幸いなことにまだ冊子が残っており、早速中国地方および四国地方の学会員に5000部送付しました。

──被災から1週間が経過し、これからどんなことに注意する必要がありますか。

荒井 水道が止まっている地域もあると聞きます。口腔ケアが不十分となりますから、肺炎が増えてくるのではないでしょうか。

冲永 東日本大震災では肺炎が災害発生から1週間以内に増加し始めました。あの時は寒冷という環境条件が肺炎発症に関与したと思われますが、今回の災害は暑い時期なので肺炎発症の機序は異なる側面があるかと思われます。しかし共通して言えることは栄養不足やストレス、口腔衛生の悪化などが肺炎を生じさせる可能性があることです。津波災害では海底のヘドロが被災地を覆い、それが乾燥して風で空中に舞い、粉塵が街を覆う状態が続きました。今回も土砂災害が起こっていて、これから乾燥し出すと粉塵が舞うようになります。広がった土砂には下水や油成分も混ざっていると考えられるので、呼吸器系の感染症に注意が必要です。暑い時期なので食中毒や流行性腸炎などの消化器系感染症などにも注意したいところです。

荒井 避難所では水が限られており、歯磨きする環境が不十分です。それに加えて高齢者では、義歯を洗浄する機会が大幅に減少します。東日本大震災の際も高齢者は義歯を付けたまま寝ていましたから、口腔内がかなり不衛生な状態でした。こうした口腔内環境の悪化は肺炎のリスクです。

冲永 歯科医の協力が非常に大切だと思います。また病院は断水するとほとんどの機能が停止してしまいます。大きな病院では自家発電装置を保有していて非常電源は確保できますが、水道がダメになると病院として十分な衛生を保てなくなります。水は備蓄があってもすぐに底をつきます。

──他にはどんなことに注意が必要でしょうか。

荒井 深部静脈血栓症による肺塞栓には注意が必要でしょう。暑い時期なので、水分摂取量が少なくなるととたんに起きやすくなります。

日本老年医学会がまとめた一般救護者用の災害時高齢者医療マニュアル

冲永 避難所では皆床に寝ているので、高齢者は夜間にその間をぬってトイレに行くことが難しく、そのため水分摂取を控えてしまうことがあります。避難所の構造もよりますが、できるだけ通路を確保し、高齢者でも安心して歩くことができるようになるといいと思います。

 避難所では避難した人それぞれに場所が与えられ、そこに布団が敷かれます。高齢者は自分のスペースが与えられると、一日中そこで座っているか横になっているか、という生活になりがちです。例えば、身体機能が低下していない高齢者であっても、入院してベッドが与えられると、「寝てなくてもいいよ」と言ってもずっと寝ていたりするのは医療者ならよく経験するかと思います。避難所では、歯磨きなどの簡単な日常生活動作ですら高齢者にとって難しいタスクであり、そのため高齢者は生活不活発状態に陥りやすく、持病の悪化や新たな疾患の発症を招く危険があります。

荒井 避難所では、日の高いうちは動きましょう、とアドバイスしてほしい。このことは深部静脈血栓症の予防にもなります。避難所生活となり、先が不透明な状況になると、どうしても不活発な状態になりやすくなります。是非、動くようにしてほしいですね。避難所生活は認知機能やBPSD(認知症の行動・心理症状)を悪化させることも分かっています。

冲永 当たり前にあった生活が突然奪われてしまったことへの心的ストレスもあります。気仙沼市の例では、津波はありましたが、その後も海は海としてそこにあり、漁業に関わる方は復興に向けて比較的早く動き出すことができました。一方被災した田畑はすぐに回復しないので、農業関係者にとって厳しい試練となり、心へのダメージはそれだけ大きいものになりました。今回の土砂災害も土地の破壊規模が大きく、同様な心的ストレスが懸念されます。

荒井 今回は土砂災害と大規模避難というタイプの大災害で、地震や津波とは異なる大災害で、状況が異なるでしょう。こういう条件で起こってくることをしっかりと経験として蓄積していくべきですし、マニュアルもバージョンアップしていくべきではないかと考えています。

冲永 特に高齢者はこうした大災害に対して弱いものですが、共感できる人がいると強くなれます。地域のつながりが強い集落がまとまって避難していると、一人ひとりの気持ちも強くなります。こうしたコミュニティの力はとても重要であることが東日本大震災後の調査でわかりました。今回の大災害でも地域のコミュニティが分断されないことを願っています。避難所生活、そして今後の復興に向けて、地域に根付いていたソーシャル・キャピタルを維持させて互助を育み、そして自治体や医療関係者、ボランティアなどが周囲から支えるような仕組みが、今後の健康被害を防ぐために有用だと考えます。