工場被災で薬剤不足の懸念
震災の影響は、被災地だけでなく全国の医療機関にも及んだ。医薬品の供給不安である。
その一つが、甲状腺機能低下症の治療に用いられるチラーヂンS(一般名レボチロキシン)だ。同薬を製造するあすか製薬のいわき工場(福島県いわき市)が被災し、製造が止まった。同工場で生産している同薬はレボチロキシンの国内市場の98%を占め、他の薬で代替する方法も限られる。
甲状腺機能低下症の患者は全国に約60万人いるとされ、影響は大きい。服用できないと心機能の悪化など生命に関わる事態も発生しかねないため、厚労省も重大な関心を寄せたが、3月25日、同社はレボチロキシンの生産を再開したと発表。海外からの緊急輸入や他社への生産委託なども含めて供給にめどが立った。
このほか、同薬以外にも供給が不安視される薬が、厚労省に複数報告された。ただ同省医政局は、「いずれも代替薬があるなど、直ちに健康被害が生じる事態にはならない」と判断している。製薬会社や卸会社の流通網にも対策が講じられ、混乱は収束しつつある。
東京電力の電力供給不足によって3月14日から始まった計画停電も、関東近郊の医療機関に不安を与えた( 3月30日掲載の「計画停電で疲弊の色濃い医療機関」を参照)。病院や診療所の診療機能の制限や、在宅で人工呼吸器を使用したり酸素療法を実施している患者への影響などが懸念された。今のところ目立った医療事故は起きていないが、非常時における医療機関の準備態勢に再考を促す結果となった。

石巻赤十字病院には、寒さをしのぐために毛布やビニールシートに包まれた高齢の被災者が次々と運び込まれた(3月12日)。
写真提供:ゲッティイメージズ
被災地での診療体制が徐々に
震災発生から約1カ月がたち、被災地は徐々にだが落ち着きを取り戻しつつある。ライフラインの一部断絶や医療材料の不足、医療機器の浸水などにより依然として手術の実施を見合わせている病院は多いが、外来診療の再開や入院機能の正常化などにめどをつける病院が増えてきている。交通の遮断やガソリン不足のため被災地には物資がなかなか届けられなかったが、状況はだいぶ好転してきているようだ。
気仙沼市立病院では、被災地の急患をきめ細かくフォローする体制ができつつある。同病院呼吸器科の椎原淳氏によれば、市立病院がセンターとなり、主な避難所に設けた診療所がサテライト機能を担うようになってきたという。診療所に来院できない人たちを医師が巡回する体制も整備されてきている。
その一方で、混乱も生じている。日医は3月27日、JMATの派遣を一時休止すると発表。日医以外にも多方面からの支援が入っている中で、県医師会が医療面の支援を統制しきれず、被災地で医療班がバッティングするなどの問題が起き始めていたからだ。
また、避難生活における過労や環境悪化を原因とする震災関連死が高齢者を中心に増加しつつある。被災地の医療ニーズは新たな局面を迎えている。
立ちはだかる多くの障壁
被災地の医療提供体制は急ピッチで再構築されつつあるが、地元の病院が単独で通常診療を再開するにはほど遠い。懸命に医療に従事してきたスタッフの健康面やメンタル面のケアも今後必要になりそうだ。これは被災地の多くの医療機関、介護施設が抱える問題である。
さらに、津波で流され完全に機能を失った医療機関の復興はどうするのか。国は、被災した公立病院の復旧事業に関して費用の8割前後を補助金で賄う検討を進めているが、それ以外にもマンパワーの確保といった多くの問題が山積している。
被災地の医療供給体制の復旧にはまだ多くの障壁があり、ゴールまでの道のりは遠い。国を挙げての支援がより一層求められている。
