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8020運動の陰で起こっていること
「高齢者の虫歯」で治療困難例多発のわけ

口腔リハビリテーション多摩クリニックの菊谷武氏

 認知機能が低下した人で、残っている歯のほとんどが虫歯という治療困難例が目立つ──。長年、高齢者の口腔ケアの問題に取り組んできた日本歯科大学教授で口腔リハビリテーション多摩クリニック院長の菊谷武氏は、「80歳になっても20本以上自分の歯を保つ」という8020運動の陰でオーラルフレイルが潜行し、こうした重症例の急増を招いているのではないかと危惧する。何か手立てはあるのか(本文中敬称略)。

── 先日開催された日本臨床倫理学会の「高齢者の慢性疾患における緩和ケアを考えるワーキンググループ」の会議で、先生が提起された症例はとても印象深いものでした。

菊谷 70歳代後半の女性で、家族に付き添われて紹介外来を受診されました。訪問歯科診療を手掛ける先生から、治療困難例として、私にコンサルトされた患者さんです。歯は20本ほど残っていたのですが、そのほとんど全てがう蝕で、歯周病もありました。患者さんは認知機能の低下が進んでおり、歯科疾患の予防に必須である口腔衛生管理が困難となったことから、このような事態に至ったのだと思います。

── 虫歯は全部、抜くしかないのですか。

菊谷 抜歯は必要ですね。このままにしておくと一部の歯が脱落して、残った歯が歯茎だけでなく顎にまで突き刺さってしまうこともあります。また、脱落した歯が誤飲されたり、誤嚥に至ったりすることで、命を脅かすリスクもあるからです(写真1)。ただ、認知機能が低下した人では、治療がとても困難なことが多いのです。特に重症例では、一気に全てのう蝕を治療するわけにはいきません。段階的に様子を見ながら治療を進めていく必要がありますが、認知機能が低下した人の場合は、治療をすんなりと受け入れてもらえるのか、という大きな問題もあります。

写真1 誤飲や誤嚥のリスクがある重症例(菊谷氏による。図1も)

8020運動とオーラルフレイルが背景に

── こうした治療困難例は、目立っているのですか。

菊谷 増えているという印象を強く持っています。図1は、厚生労働省の歯科疾患実態調査の結果です。う蝕を持つ人の割合の年次推移を見たものですが、若年者で減っている一方で、高齢者では一貫して増え続けています。直近の調査では、75~84歳の人の約90%にう蝕があります。私は、このような状況を「カリエスパンデミック」と呼んで警戒を呼びかけてきました。

図1 う蝕を持つ者の割合の年次推移(年齢階層別)

── 高齢者で虫歯が増え続けている理由は何なのでしょうか。

菊谷 8020運動とオーラルフレイルの進展だと思います。国は1989年(平成元年)から、「80歳になっても20本以上自分の歯を保つ」という8020運動を展開してきました。これにより歯科口腔保健が推進されて、摂食機能を維持するために必須である自分の歯を多く残す高齢者が増加したのは事実です。しかしその一方で、自立を損なった高齢者は、オーラルフレイル(口腔機能が衰えた状態)に至り、歯科疾患の予防に必須な口腔衛生管理が困難となって、要介護になるのを機にう蝕や歯周病に一気に襲われているのだと思います。

── オーラルフレイルですか。

菊谷 私も参加した研究では、オーラルフレイルは身体的フレイルや死亡リスクのリスクとなることが明らかになっています( J Gerontol A Biol Sci Med Sci.2018 Nov 10;73(12):1661-7.)。口腔機能の6項目(咀嚼能力、口腔巧緻、舌運動の最大力、主観的咀嚼能力低下、むせ、残存歯数20未満)のうち、3項目以上該当する人は、サルコぺニア発症のハザード比が2.13(P=0.032)、フレイル発症のハザード比が2.41(P=0.007)、要介護認定のハザード比が2.35(P=0.015)、死亡(all-cause)のハザード比が2.09(P=0.048)でした。

── 冒頭に紹介いただいたような重症例は今後も増えていくという見方でしたが、どうしたら重症化を食い止められるのでしょう。

菊谷 オーラルフレイルが疑われた段階で、早期に介入することにつきると思います。口腔機能をはじめ、心身の脆弱性が高まっているとなったら、適切な介入を行って改善を目指すこと、つまり介護予防はもちろん必要です。同時に、通院不可能な時期に備えて、将来の運動障害性咀嚼障害を考慮した介入を行うべきだと思います。来るべき介護状態に備えて、保存が怪しくなった歯を将来のリスクに備えて積極的な抜歯を考慮するなどを検討することも必要だと思っています。また、最近あった高齢者の例ですが、インプラントが治療を困難にしている事例があります。オーラルフレイルが疑われたら、インプラントにどう対応するかも、対応困難症例を未然に防ぐという意味で、検討すべき点だと思います。

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