日経メディカル Cancer Review

2008/6/19

化学療法アップデート [08 Summer]

前立腺がん増え続ける患者と“PSA難民”にどう対処するか


前立腺がんは最も増勢著しいがんの1 つである。早期発見技術の進展に加え、手術のほかに化学療法や放射線照射など治療の選択肢も増え、その予後は大きく改善している。一方で、潜在的な患者の掘り起こしの主要ツールであるPSA(前立腺特異抗原)のcut off 値が明確でないなど課題も少なくない。増え続ける前立腺がんの診断から治療までをいかに行うべきか、帝京大学医学部附属病院泌尿器科教授の堀江重郎氏に解説してもらった。

帝京大学医学部附属病院泌尿器科教授
堀江 重郎


前立腺がんは、70歳代になると急激に増えてくる高齢者がんの1つと位置づけられている。しかし、最近になって発症年齢が下がる傾向が認められ、40歳代の患者も珍しくなくなってきた。前立腺がんが増えている背景には、日本社会の高齢化の進展とともに若齢患者の増加という要因も存在する。おそらく、最も急激に患者が増えている病気の1つであり、1995年と2020年の25年の間に約6倍に増えるであろう、ということが予測されており、10年後には男性のがんによる死亡数では、肺がんの第1位に続いて前立腺がんが第2位になるであろうとする予測もある(図1)。

 米国においては現在、男性の場合、がん患者の3人に1人が前立腺がんであり、最も患者が多いがんである。


食生活と日照時間が罹患に関係か
 
前立腺がんの罹患数は世界的に増加傾向であるが、その発症率は国や地域によって大きなばらつきがあることが知られている。これは前立腺がんの発症には、環境因子が大きく働いている可能性を示唆している。例えば、スイス、ノルウェー、スウェーデン、ニュージーランドといった国々が米国よりも死亡率が高く、罹患率も高い。

一方でスペイン、イタリア、フランス、イスラエル、ユーゴスラビア、ギリシャは低い。こうした現象を見ると、日照時間が短いと前立腺がんを発症しやすいということであるのかもしれない。最近、日照によって皮膚で産生されるビタミンDのがん予防効果がさかんに報告されているが、日照時間の長さと前立腺がんの罹患率が逆相関の関係にあることは、こうしたビタミンDの産生が関係している可能性がある。

 生活環境という観点からは食生活、とりわけ動物脂肪の摂取の増加が大きな影響力を持っているであろうと考えられる。米国では黒人系に前立腺がんが多いことが知られている。これは遺伝子の問題に加え脂肪分過多の食生活に起因する面が多々あると指摘されている。

 逆に、前立腺がんの罹患が少ない国々では、がんの発症リスクを減らす作用が確認される、あるいはその可能性が高い食品を多く摂る傾向が認められている。例えば、アジアでは味噌などの発酵ダイズ食品が多い。また緑茶を良く飲む。これらの食品はがん予防効果が動物実験や疫学的な検証によって認められている。がん予防効果が最も科学的にも実証されているのはトマトであり、イタリアに患者が少ないことの一因であるかもしれない。こうした食事やその成分による前立腺がんの予防の可能性の検討が世界的に注目されている。
 
こうした生活の逆を毎日行えば、前立腺がんのリスクが高まるということができる。毎日、脂っこい食品を食べて、発酵食品は取らず、日光に当たることなく、1日中オフィスにいて仕事をしているということである。10年前までは、前立腺がんというと戦後に比較的所得が高く豊かな食生活を送ったホワイトカラーが多いという印象があった。

これは、そうした就業スタイルを反映していると考えられるが、近年は特定の職種に限定されない傾向が顕著になってきた。運動の不足や食習慣の欧風化がそれだけ広がっているということがいえるのかも知れない。

PSA検査の課題
 
前立腺がん患者が増加している理由には、社会の高齢化、食生活の欧米化・中華化に加え、腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)検査が普及したという側面もある。PSAは精巣中に局在するセリンプロテアーゼの1つで、健康であれば血液中に漏出することはまれであり、前立腺がんを含む前立腺の炎症性の疾患の存在を知る最有力の血液検査である。PSA検査が普及した結果、ハイリスク者を拾い上げることができるようになり、この結果無症候の早期患者の段階から治療に着手できるようになった。
 
前立腺がんの予後は非常に改善しており、一部の悪性タイプを除き、慢性疾患と捉えられるようになっている。米国では前立腺がんによる死亡が減少に転じているが、この理由はPSA検査の普及にある。「50歳になれば、全員PSA検査を受けよう」という呼びかけの成果が形になって現れた例だ。日本では現在、PSA検診の有効性をめぐって議論がある。

しかし、実際、この議論を受けてPSA検診をやめた市町村はほとんどない。PSA検査によって無症候の段階で発見された患者の予後が良いことが認識されているためと考えられる。

 PSAは腫瘍マーカーとして、現在、最も鋭敏なマーカーであり、その値が高くなるほどがんの可能性は高い。がんだとすると、この値が高いほどがんは進行しているということになる。しかし、高いからといってがんとは限らない。PSA検査の問題は、いくつ以上が正常か、異常なのか、cut off値が明らかでないことだ。従来、4.0ng/mlをcutoff値としていたが、1997年に4.0ng/ml以下でも22%(73/322人)に前立腺がんが発見されたとCatalonaが報告して以来、“PSA低値前立腺がん”が数多く報告されている。PSA値が10ng/ml以上では、がんの陽性率は4割ぐらいである。
 
ところが、2ng/ml以下でも10数%が前立腺がんを罹患している。ということは、PSA値がいくつであっても本当の意味で安心というのはない、信頼できるcut off値はないということになってきた。言い換えると検診においてPSA検査を実施した場合に、「可能性は高い」と被験者に告げることはできても、「あなたは安心です」と告げることができないということだ(図2)。
 
そこで、便宜的に従来の4ng/mlをcut off値とする考えを改め、2.5mg/mlを「基準値」とする考えが世界的に広がっている。PSA検査を実施しても、曖昧な値である場合は経過を観察し、定期的に検査を行ってPSA検査の動向を把握することが推奨されている。
 
これまでは、PSA検査を行ない、値が高い場合は直腸診をすることが通例だったが、直腸診で診断できるがんは相当進行している場合に限られる。現在、筆者の帝京大学医学部附属病院でも、直腸診に異常のあるがん患者というのは2~3割程度にとどまる。生検を行って確定診断し、「がんがある」と分かった上でMRIやCT、あるいは転移などを調べるという流れをとることが一般化している(図3)。

(次ページに続く)
(日経メディカル開発)
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