日経メディカル Cancer Review

2008/6/18

ルポ がん医療の現場 [08 Spring]

患者登録、レジメン管理、市販後調査も これ1つ電子カルテから医療情報をリアルタイムに抽出


患者登録、レジメン管理、市販後調査、院内インシデンスの検索==。

日々発生する多様な情報をいかに迅速に処理するかで医療の質が決まる時代がやってきた。

京都大学外来化学療法部では、自由に必要な医療情報を抽出、解析でき、しかも入力に手間がかからない情報管理システム「Cyber Oncology」を独自に開発、運用している。同部の福島雅徳氏は「Cyber Oncologyで近い将来、市販後調査にかかるコストはゼロにできる」と語る。

京都大学外来化学療法部のカンファレンスは毎週火曜日の午後5時から始まる。
 
カンファレンス室のスクリーンを見ながら個々の患者について、現在の状態、治療方針などを主治医が入れ代わり立ち代わり説明する。スクリーンに投影されるのはコンピューターのデータベースの画面だけ。患者1人につき、治療実施日、患者ID、患者氏名、性別、がんの種類、組織型、レジメン、来院理由、そして「日常診療」「治験」「緩和目的」などの治療目的が示される。参加者は、次々と表示される患者の情報を追う。
 

ある転移性乳がん患者にCPT-11が使用されていると示された。ベテラン医師が若手担当医師にレジメンの修正を伝える。「CPT-11が乳がんに出ています。外来化学療法加算もあることだし、レジメンの管理はきちんとしてください」
 
外来化学療法部で使用される抗がん剤のなかには、他の科で処方されたものが一部含まれる。カンファレンスはこうした標準外の治療を修正する場でもある。


徹夜の紙カルテ漁りからIT化の重要性を痛感
 
これは独自のがん診療データベース「CyberOncology」を使った医療を実践する日常の1コマだ。電子カルテからデータを取り出し、臨床現場でデータベース化する--。これは同大化学療法部長で探索医療センター教授の福島雅典氏が外来化学療法部の立ち上げに携わったときから構想してきたことだった。日常診療の結果をデータベース化し、薬害の発生から新しい治療法の探索までをITの力を援用して効率化する方法の開発が福島氏のライフワークの1つ。その福島氏のアイデアを同助教の松本繁己氏がソフト制作会社のサイバー・ラボと共同で具体化したものが、このCyberOncologyというわけだ。
 

松本氏は医師でありながらPC8008時代からパソコンに慣れ親しんできた、いわゆる“パソコンDoc” の1人だ。診療情報の活用システムに、松本氏が強く関心を抱くきっかけになったのは、レジデント時代に経験した「カル
テ検索」という苦役だった。教育係である医師の指示で、条件に合った患者情報を「紙のカルテ群を繰って、徹夜で探し続けた」松本氏は考えた。「診療法情報データベースから直接、意義のある診療情報が抽出できれば、こんな苦労しなくていいはずだ」

日常的な情報入力でがん登録
 

IT化の遅れが医療現場の繁忙緩和を阻んでいる一因であることは間違いないであろう。では、なぜ医療現場のIT化が遅れているのか。否、カルテも処方も電子化されているという反論も聞こえて来そうだが、必要なデータを必要とするときに簡単に探し出すことができるかと問われればどうか。

 海外の文献に報告された新規な有害事象が、果たして勤務先の病院でどのくらい発生しているか、すぐにデー
タをそろえることができるだろうか。それも、徹夜作業に拠ることなくできるだろうか。2次利用するために、電子カルテとは別にデータベースに入力せずに済ませられるだろうか。
 
CyberOncologyは、こうした手間をかけることなく、診療情報を抽出しやすく設計されている。松本氏は、「日常診療のなかで、データベースに入力することで、データの抽出が容易になった」と語る。同氏によると、設計に当たって特に重視したコンセプトは①電子カルテに入力したデータをデータベース化し最大限に2次利用でよる②電子的2次利用により正確性・省力化が可能になる③抽出データを日報やマニュアルに利用することにより、医師だけではなく医療従事者全体にとっての診断支援ツールになる④院内がん登録が同時にできる--という4点。日常的に診療情報を入力していくことによって、院内がん登録、医薬安全性監視、治療成績調査が可能になった。
 
厚生労働省は2001年に400床以上の病院の60%に電子カルテを導入するという目標を打ち出し、電子カルテ普及促進の旗を振ってきた。がん医療に限ってみても複雑化するレジメンの管理には電子カルテや電子オーダリング
システムなど「IT化」は避けて通れないものになっている。CyberOncologyと既存の電子カルテの違いは電子カルテ情報として蓄積された医療情報を2次情報として、必要に応じて抽出できる即時性にある。
 

電子カルテでは様々な情報が電子化されるものの、オーダリングを除いてそれらの情報の再利用を念頭において設計されてはいない。したがって、論文を書く、あるいは院内の状況を把握するときには、電子カルテの情報を
参照し、再度Excelなどに改めて入力日し、集計するという作業が多くの医療施設で行われている。つまり、電子カルテにはシステム連携上の課題があるというわけだ。
 

京大チームは、CyberOncologyを電子カルテのフロントエンドシステムと位置づけている。従来の電子カルテから臨床研究データを抽出するためには追加入力が必要であるが、CyberOncologyでは、電子カルテから患者背景や臨床検査などの情報をリアルタイムに取得。一方、有害事象そのほかのCyberOncologyに直接入力されるデータは画面上で電子カルテに変換されコピー&ペーストで電子カルテに受け渡される(図1、2)。

治療によるアレルギーを迅速に把握
 
CyberOncologyの導入によって、院内で発生する有害事象の把握や治療の成否を決定する要因の洗い出しが
できるようになった。例えば、FOLFOX療法(5-FU/ロイコボリン/オキサリプラチン)におけるアレルギーの把握。

FOLFOX施行例でアレルギーの発生が報告された時点で、同院でFOLFOXを施行された133人の大腸がん患者のうち、アレルギー反応が認められた15人を対象に、すぐに、危険因子の解析を実施した。その結果、対策の1つとして推奨されている休薬期間を設けた後に投薬を再開するStop&Go療法施行例で有意にアレルギー発症率が高く、むしろ危険因子であることが判明した。さらにStop&Go療法施行例の薬剤の投与回数や投与量などの解析を進めているという(表1)。
 
有害事象が起こっても、即座に統計解析ができ、その情報は医療スタッフ間で共有される。FOLFOXのアレルギーのほかに、ゲムシタビンの溶血性尿毒症症候群(HUS)、イリノテカン(CPT-11)の下痢を引き起こすSNP(遺伝子一塩基多型)の解析などのデータを収集している。
 
こうした方法は予後因子の洗い出しにも有効だ。胃がんにTS-1が奏効するケースと奏効しないケースとで、リンパ球や白血球の変動がマーカーとして利用できる可能性があることなどの知見を集めている。
 
「将来は治験の情報収集にも利用できるようにしたい」と福島氏は語る。実際に治験のデータを収集するには、米食品医薬品局(FDA)などによる検証プロセスが必要になるが、将来は治験も市販後調査にも威力を発揮できると福島氏は強調する。

(次ページに続く)
(日経メディカルCancer Review)
previous123next

日経メディカル Cancer Review

関連記事

Information PR

ログインしていません

Close UpコンテンツPR

ログインしていません

もっと見る

人気記事ランキング

  1. 「夜型体質による不眠」を誤診していませんか 三島和夫の「知って得する睡眠臨床」
  2. tPAや血栓回収が使える脳梗塞が大幅に広がる! トレンド◎脳卒中治療ガイドライン追補2019がまもなく公開
  3. 10歳代に増えるOTC薬の乱用、やっぱり危険! 薬師寺泰匡の「だから救急はおもしろいんよ」
  4. あちこちに「迫害されている!」と訴える人 5分で勝負!産業メンタルヘルス事件簿
  5. 職員の長所や短所をやんわり指摘する手段 診療所経営駆け込み寺
  6. 病院総合診療専門医のプログラムも2020年度より… 日本病院総合診療医学会が詳細を提示
  7. 【動画】嗄声を訴える76歳男性~米国式外来診療の… 動画で学ぶ「英国式vs米国式 外来診療の進め方」
  8. 診断困難例の陰にベンゾジアゼピン系薬のリスク 学会トピック◎第19回日本病院総合診療医学会学術総会
  9. SGLT2阻害薬は北欧の心血管リスクを下げたか? BMJ誌から
  10. 死亡診断書の「死亡場所」の整理に異議あり! 記者の眼
医師と医学研究者におすすめの英文校正