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インタビュー[07 Winter]
新薬の審査はジレンマの連続ですが悩みの詳細は公表していきます
医薬品医療機器総合機構審議役 森和彦氏

2008/01/24
日経メディカルCancer Review

ドラッグラグ解決の切り札 世界同時開発の課題

―― ドラッグラグの解決策として、世界で行われる国際臨床試験に参加して、世界同時にエビデンスを得るという方法が推奨されています。一方で、対照薬となる薬が日本で未承認だったり、評価の方法の厳密性という点が課題として浮上してきたりという問題点も指摘されていますね。

森 そうです。いろんなインフラが整ってない部分というのがいろいろ目立つんですよ。でも、以前は国際的な規模の試験に日本が参加しなかったために問題が分かっていなかった。

 世界同時開発の最大の問題は用量の問題ですね。日本の患者さんにどういう用量を使うのか。あるいは、漸増(タイトレーション)して使う薬の場合、どれくらいの量からスタートして、どれぐらいのスピードで上げていくのかということについての「使いこなし」というのを、何にも手がかりなしにやる。これは、時には危険な話になるんですね。

 実際、欧米と同じ用量で、同じスケジュールでやってみて、予想外に副作用が多発したというような試験結果が出たことが現実にあるんですね。薬のいいところをうまく引き出せないで、早いところで、副作用でドロップしちゃう。効果を発揮しないうちに投与を打ち切らなきゃいけない。こういったことが起きるケースも現実にあるんですね。

―― 間質性肺炎とか、日本人だけが多いという傾向ががんの治療薬に限らず、いろいろな領域の薬で指摘されています。

森 頻度がもうちょっと高ければもっと早く分かったかもしれないですけど、数パーセントのイベントについて限られた治療データだけに基づいて、市販後の発生状況を正確に予見することは困難です。

 だからこそ、できるだけきちんとした臨床試験の枠組みの中で、一定の用量を比較していって、用量毎に、リスク・ベネフィットがこういうバランスになっていることを、きちんと示すことによって、高い用量だと、こういう副作用がこれぐらいの頻度で出る。

 その副作用が出ている人は、こういうバックグラウンドの人が多いなとかいうデータを医師がちゃんと読んで、自分の目の前にいる患者さんは、じゃあ、どういうコンディションの人なのか。その人に、今の病状からすると、どういうリスク・ベネフィットバランスの用量を選ぶべきなのか。それを考えていくことが、今皆さん、だれでも期待している個の医療を実現することにほかならないと思うんですね。

前評判が高い新薬が抱えるジレンマ

―― 例えば、非小細胞肺がんを適応とするゲフィチニブ(商品名:イレッサ)なんかは、日本が最初に承認したようなことになっているわけですけれども、審査をする側からすると、どういう教訓を得ているのですか。

森 私はゲフィチニブの審査を担当した人間ではありませんが、一応世界で初めて、全く新しいメカニズムの薬が登場するときというのは、何が起きるか分からないということを常に前提にして、いろいろな手だてを考えるということが大切だということが言えると思います。

 肺障害が出たといっても非常に低い頻度のイベントであって、それは市販前の限られた臨床試験だけでは明らかにできない。そこで、市販後調査をいっそうレベルアップしていく必要があると思います。

 実際に医療現場に出ていって非常に評判の高い薬が、評判の高さに目を奪われて、十分な知識を持たないまま処方していた実態が明らかになっています。めったなことが起きないと安心して処方できる薬にまだなってない状態だったんだと思うんですね。評判の高い薬ほど、一方では、患者さんにとってみれば、「あと1週間、2週間かもしれないような状態だよ」なんて言われた人が、その薬を使ったら、反応して症状も改善した。「それから2年、3年たっても、ぴんしゃんしています」というようなケースも現に出ているわけですから、そういう薬の場合に、使える可能性があって、使ったらそういうドラスティックな効果が出るチャンスがあるというときに、非常にジレンマになりますよね。

 だから、後の知識ではそういう話が出ますけど、その時点における判断材料は、ドラスティックに効いているケースが明らかにあるという状態で、ほかに薬がないと言っている人たちがこっちにいて、それを使わせないというふうに絞る根拠がないわけですよね。

 その状態で使用を制限するということがいかに困難なことなのかということは、その時点に戻らないと、多分なかなか実感はできないと思うんです。でも、使いたい人たちが、しかも時間があまりないという人たちがたくさんいるような、そういうところに、目ざましい効果のある薬が登場したときの判断の仕方、あるいは、コントロールをすることとともにアクセスを確保するというバランスをとることが大切です。このアプローチが非常に大事だと。それは、こうすれば正解というような、そういう安直な結論が出せるものではなくて、一つひとつのケースにおいて、みんな一人ひとりが悩みながらやっていかざるを得ないものなんだということだと思います。

手間がかかる全例登録は患者のアクセスを確保するため

森 新規の抗がん剤のうち、かなり危険な副作用があると思われるものに対して、承認条件として全例登録をかけているものが幾つもあります。全例登録をするということは、ある意味、使いにくくなるという面もあるし、それから、会社にとって重い負担になるわけですね。医療機関にとってもものすごく大きな負担になるわけです。でも、アクセスを拒まないという利点も一方にあるわけで、そのために現場の方々は、疲労困憊しているという状態になっている。

 オキサリプラチン(商品名:エルプラット)は大腸がんの標準治療薬です。でも、「日本は世界で最も遅い承認国になるんじゃないか」と言われるぐらいに承認は遅れました。その審査の過程を通じて現れてくる毒性のプロファイルを評価すると、欧米と同じような用量のまま使って、日本の患者は本当に耐えられるのかということについて十分な材料がなかった。そんな中での判断をしなきゃいけなかったということが実際あるわけですね。

 だから、そういったものに対して、アクセスは、多分必要とする患者さんの数が、今まで全例登録をかけたものの中でも、シビアさと切実さと規模という意味では、一番大きいんじゃないかと思います。それを世の中に出すときにはとても悩みました。全例登録をかけても、それをいつまでも続けると、医療現場の人々は本当にみんな倒れちゃいますから、どういうことを見きわめることができたらもう少し緩めていったらいいのかということも、非常に議論もしたし、悩みもしたし、やってきているんですね。

情報提供ホームページを充実させる

 ただ、そのプロセスをできるだけオープンにしようということをやってきているのが、かつてと大分はっきり違ってきているところであって、実際に集まってくる登録の状況と上がってきている副作用、その中で特に重篤なもの、そういうものを実際やっている会社のホームページに掲載するようにした。それによって、今、何がどのぐらい進展しているかということが、だれの目にも明らかになるようになってきている。そういう衆人環視の中で、お互いにジャッジしましょうよというふうにしてきているというのが、1つの新しいアプローチだったと思います。

 結局、見えないところで悩んでいるということに対して、あまり皆さんは、信頼できないと思うわけですよね。だから、できる限り、見えるところでやりましょうよということを1つのチャレンジとしてやっているのが、今の実情ですね。

 リスクの違いは多分あるでしょう。「若い人でどうですか」、「高齢者でどうですか」、あるいは「男性でどうですか」、「女性でどうですか」とか、いろいろな切り口で見たときに、明らかに違いがあるものだってあるわけですよね。そういう情報が出てきて初めて、自分にとってどうだろうかということを具体的に考えることができるようになる。だからこそ、副作用の情報というのも、もっと色々な背景が分かっている、どういう人に出たんだということを科学できちんと記述するような、そういうものにしていく必要がある。

 我々がやれることというのは、プレーヤーそれぞれにどういう役割があって、その人たちがその役割を果たすために、何が必要とされるのか。大概は情報なんですけど、その情報をどうやってうまく集められるようにするか。そして、どうやってうまく提供するようにするのかということをやってきているというのが、この3年の間のPMDAの取り組みだと思うんですね。情報提供ホームページの内容を充実させることにかなり力を注いできているのも、そのためなんですよ。

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